第3話 『初見イベント発生してるw』

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 今頃気がついたのだが、右端のHPバーが四分の一くらい減っていた。 差し出されたおにぎりは体力回復アイテムらしい。


 おにぎりが体力回復アイテムだということは視聴者のコメントでわかったのだが、こんな状況でおにぎりなんて食べられるわけもなく……


 サラーマさんが困った顔で差し出してきた水筒を受け取ってガブガブ水を飲む。 しかし何も起こらない。


「水なんか飲んでも何も起きねえぞ。 早くおにぎりを食って体力を回復しろ」


「いやいや、この気温だしそのリュックに保冷剤とか入ってないでしょ? 絶対腐ってるじゃん」


「ほれいざいってなんだ? よくわからんがとりあえず食え。 おにぎりは腐らないから安心しろ」


 物理法則無視してんのか? なんでこの気温で保冷剤なしで保管したおにぎりが腐らないって断言できんだよ。


 なんて思いながらも嫌々おにぎりをかじった。 するとHPバーが満タンになり、脇腹の痛みもひいた。


「なんだこの無駄にリアルなダメージ判定。 設定でどうにかできないのか?」


「ん? お前さっきから何を言ってるんだ?」


 いちいち俺の独り言にサラーマさんが反応してきてうざい。 こういったNPCはストーリーに関係ない独り言には反応しないはずなのだが?


 『なんか、サラーマ氏の会話超リアルじゃね?』

 『こんな頭いいAI見たことねえぞ』

 『さすが知る人ぞ知る神ゲー』


「確かにこんな流暢りゅうちょうに話せるAI今まで見たことないっすね。 ヘリポリってマジの神ゲーなんすかね?」


「おいおいナイル、ゴブリンに殴られて頭おかしくなったのか? お前誰と話してんだ?」


「は?」


 『え?』

 『お?』

 『あ?』


 俺の素っ頓狂な声とコメント欄が共鳴している。


「とりあえずプリーストのところに行くか? なんらかの状態異常になってる可能性があるからな。 ゴブリンの攻撃に錯乱効果なんてなかったはずなんだが……」


「え? なんて? プリーストってなに?」


 『職業のことだよw』

 『おいネタバレすんな』

 『なんかサラーマ氏が俺のヘリポリより流暢に話してる気がするんだが?』


 よくわからないが、サラーマさんが手を差し出してきたので遠慮がちに掴むと、鱗で覆われた硬い手の感触に驚いてしまう。 ワニの肌に直に触れたような、謎の感触。


 まあ、ワニを触ったことなんてないんだが……


「拠点はあっちだぜ? 歩けるか?」


「ええまあ、はい」


 『あれ? チュートリアル完了?』

 『この後ダンジョン行く流れじゃなかったっけ?』

 『初見イベント発生してるw』


 コメント欄を見る限り俺は謎のイベントを進めているらしい。 さりげなくネタバレしてる視聴者が叩かれて軽い喧嘩が発生しているが、今はそれに構っている余裕はない。


 サラーマさんの後に続きながら何度かハードウェアを外そうと顎の下をまさぐってみた。 しかし被っているはずのハードウェアに触れることができなかったのだ。


 俺はしっかりゲーム内アバターではなく俺自身の体を動かしている。 しかしハードウェアを外せない。


「これって……まさか俺、ヘリポリの世界に異世界転生したのか?」


 サラーマさんに聞こえないよう、空気に溶け込みそうな声で呟いた。


 『え? ま? ガチ転生した感じ?』

 『これは転生というより転移だ』

 『ナイルたん……演技力花丸満点だ!』

 『お前ら頭ん中オタクすぎだぞw』

 『ちょっとマジで拠点向かってるやん、こんなイベント知らんぞw』

 『ちょっと俺もナイルさんと同じ挙動でヘリポリプレーしてくるわ!』


 コメント欄も混乱しているようだ。 俺ももちろん混乱しているが、今はただサラーマさんについていくことしかできなかった。

 

 △

「おい嘘だろログアウトできないんだがw」


 視聴者たちに聞いてみたのだが、ログアウトするためにはメニュー画面を開かなくてはならないようだ。


 メニュー画面を開くためにはポケットに入っているスマートフォンを操作するらしいのだが、そのスマートフォンを操作してもゲームをやめるというリンクボタンが見当たらない。


 『おいおいどんなバグだよw』

 『ハードウェア外すしかないんじゃない?』

 『演技はもういいから普通にハードウェア外しなよ』


「そんなこと言われましてもね、俺何回もフルダイブゲームやってますから、そんな初心者がつまづきそうなことするわけないっしょ。 ガチでハードウェアがないんですよ」


 俺は何度もハードウェアを直接外そうとしたのだが、指先は空気を引っ掻くばかり。


 コメント欄もザワザワしており、俺の胃の辺りもヒヤヒヤしてきている。


「おいおい、異世界転生してみたいとは言ったけど、こんなタイミングで本当に異世界転生とか勘弁してほしいんだが」


 『家の人にコンセント抜いて貰えば?』

 『おいプライバシー』

 『もしかしてナイルたん一人暮らし?』


 ぶっちゃけた話個人情報だから答えたくはないのだが、俺が本当に異世界に来てしまっているのなら話は別だ。


「一人暮らしなんすよねー」


 『答えていいのか?』

 『緊急時だからしょうがないんじゃん?』

 『マジで演技じゃないの?』


「誰が好き好んで個人情報さらすんすかー。 俺のリア友がこの配信見てたならちょっと家に見に来てほしいかな」


 さすがに住所を晒すのは抵抗があったため、リア友が配信を見ていることを願った。


 『オッケーわかった』

 『ガチでリア友いたw』

 『俺が見にいくよ』

 『いいや私が』

 『え? リア友何人いるの?』

 『ママに任せて!』


 なんだかリア友らしきやつが大量にいたのだが、とりあえずしばらくはゲームに集中してみるか。 そう思ってテントの裏でコソコソしていた俺は立ち上がり、サラーマさんを探す。


 先ほど拠点についた俺は、サラーマさんの案内でプリーストがいるテントに案内されて、ステータスを確認してもらった。 残念なことに状態異常にかかっているわけではなかったため、サラーマさんには「ただの変なやつだったか」と勘違いされた。


 その後は休憩用テントで休むよう言われたため、周りの目を忍んでテントの裏に隠れて視聴者たちとやり取りしていたわけだ。


 それにしてもこの樹海、じめじめして居心地悪いし泥と草が混ざったような匂いがする。


 都会育ちの俺からすると肌に草が当たるだけでも少しゾクッとするのに、突然こんな環境に放り出されたらたまったもんじゃない。


 どうせ転生するならもっと文明が発達したゲームが良かった。


 まあ、まだ転生したとわかったわけではないから希望は胸にいて、サラーマさんを探そう。 そう思って拠点の中を彷徨うろつく。


 同じ形のテントがたくさんあるためサラーマさんを探すのは骨が折れそうだ。 肩を落としながらため息をつくと、背後からのしのしと足音が聞こえてきた。


「おーいナイル! 調子は大丈夫か?」


「あ、サラーマさん。 おかげさまで大丈夫です」


「そりゃ良かったぜ。 早速で悪いが団長から帰還命令が出てな、今すぐアジトに戻るぜ?」


 『あれ? ダンジョン行かないの?』

 『ストーリー色々すっ飛ばしてるが?』

 『ネタバレやめろって』


 コメント欄をチラ見した限り、俺は今ストーリー展開を無視して行動しているらしい。 サラーマさんの会話もなんだかNPCとしゃべっている感覚と違う。


 フルダイブゲームとはいえNPCはプログラムされた会話しかしないはずなのだが、これではまるで生きている人間と話しているようなものだ。


 とはいえ一発でNPCと生きている人間を比べる方法はないでもない。


「サラーマさん。 つかぬことをお聞きしますが……好きなタイプの女性は?」


「背中の鱗が滑らかな触り心地で、顎先が尖ってる……って! 何言わせんだお前は!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに声を上げるサラーマさん。 なるほどワニは鱗が滑らかな触り心地の女性が人気なようだ。


 『そこはタッパとお尻がでかい女て答えろよw』

 『お尻じゃなくてケツだぞ青二歳』

 『そのままナイルたんの好きなタイプも晒してしまおう!』


 先ほどの質問とサラーマさんの反応を見る限り、どうやらサラーマさんはNPCではないことがわかってしまった。


 信じたくはないが俺は、異世界に転生してしまったようだ。 しかも生配信中のまま。

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