第2話 『ヘリポリは知る人ぞ知る神ゲーだぞ』

 オープニング映像が終了すると同時に視界がぐにゃりとじ曲がり、突然樹海の中に転送された。


 俺の視界の右端にはHPバーが表示されており、目の前でキョロキョロしている男性の名前が半透明のウィンドウに表示されていた。


「サラーマさん、随分変わった見た目の人ですなー」


 『セベック族のやつか』

 『最初はお世話になったなー』

 『なんか見た目グロい』


 コメントにも出ているが確かに見た目が少々変わった男の人だった。 全身を鱗で覆われ、突き出た口には鋭い歯が覗き、強靭な尻尾を生やしている。


 彼の眼光は黄色く、わかりやすく説明するのなら二足歩行のワニだ。


「おい新入り! この近くにゴブリンの群れが確認できたぜ、お前の実力を見せてもらおうか!」


「早速戦闘っすかー。 腕がなりますなー!」


 サラーマさんというウィンドウがついたワニ人間は俺に向かって「着いてこい!」と言うと、のっさのっさと木々の間を走り始めた。


 俺もその後を追う。


「ほうほう、体の動かしやすさはまずまずですな。 戦闘システムはどんな感じなのかなー?」


 『ヘリポリは知る人ぞ知る神ゲーだぞ』

 『ナイルたんの初陣だ!』

 『サラーマさんめっちゃガニ股で草』


 俺はサラーマさんを追いかけながら体の感覚を確認するように飛び跳ねたり腕を回したりした。 ひどいゲームだと、特定の動作をした瞬間体がったような感覚で動かなくなることがある。


 他にも地面が急になくなってゲーム内で擬似スカイダイビング体験をさせられたり、壁をすり抜けてしまって元の場所に戻れなくなったりもする。


 いわゆる不具合というやつだ。 そういった不具合はなさそうなので安心した。


 しばらく走っていくと、草陰に伏せながらサラーマさんがこちらに止まれとジェスチャーを送ってくる


「止まれ! あそこにゴブリンが三体いる! さあ初仕事だ! ところでお前、名前はなんていうんだっけ?」


「は? 俺の名前知らないくせに一緒に行動してたのかよw」


「……【は俺の名前知ら】って名前だっけか?」


 『サラーマ氏融通が効かなくて草』

 『早速ナイルたんのお小言いただきましたw』

 『七文字しかつけられないということだけは分かった』


 イラッとしながら目の前に出てきたYESとNOのリンクボタンの内NOの方を叩く。 すると一拍置いてからサラーマさんがすっとぼけた顔で再度問いかけてくる。


「お前の名前はなんていうんだっけ?」


「黒湖ナイル」


「オッケーわかったぜ。 なんて呼べばいい」


「ナイル」


「よしわかったナイル! 早速お前の実力を見せてくれ!」


 何度かこの手のゲームはプレイしたことがある。 この質問に対して「ナイルって言います」とか「僕の名前は黒湖ナイルです」なんて返すと、長ったらしい名前に設定されてしまうから注意が必要なのだ。


 もっと有名なゲームだとこういった細かいところにも気を配ってくれるのだが、如何いかんせんこのゲームは発売されたのが結構前ということもあり、こういったところに気が回っていないんだろう。


 とはいっても、昔のゲームと違って名前をちゃんと呼んでくれるというところに関しては凄いことなのだと思う。


 チュートリアルの戦闘ということで、画面の左下には戦闘時の説明書きが書かれていた。


 流し読みしてなんとなく察した。 どうやらアクションバトル形式になっており、プレイヤーの反射神経や運動神経も重要になってくるらしい。 特定のモーションとかがないため慣れていないと動くのに苦労する。


 その点、俺はこういったフルダイブアクションゲームに慣れているから問題ない。


 少し開けた樹海の中にゴブリンが三体いる。 足元は苔で覆われた石床のため、滑らないように気をつけないといけない。


 初期装備である傭兵の片手剣を構え、草陰から飛び出す。


 すると俺の存在に気がついたゴブリンたちがギャーギャーと騒ぎ出した。 俺は意を決して一体目を斬り伏せようと剣を振りかぶる。 のだが、


 耳をつん裂くような雷鳴が響いた。 瞬間、目の前の景色が一瞬フリーズし、体が動かせなくなる。


 しかし体が硬直したのは一瞬だったため、俺は慌てて足を止め、ハードウェアの液晶画面を上にスライドさせようとした。


「え? 何? もしかして雷落ちた?」


 動揺して急停止しながら顔の前にあるであろうハードウェアを外そうとするのだが、液晶画面があるであろう鼻先に指をひっかけようとしても何もさわれない。


 これはフルダイブゲームあるあるであり、現実の体とフルダイブした際のアバターと体の動かし方の違いが区別できず、ついついアバターの方を操作してしまっているせいでハードウェアの液晶を外せなくなってしまうという現象! ……な訳もなく。


 初めてフルダイブゲームをした人間ならまだしも、何度もゲームしている俺がそんなアホくさいミスをするわけがない。


 戸惑っていると、背後から叫び声が響いてくる。


「おいナイル! 何ぼさっとしてんだ! 前を見ろ!」


 俺はわずらわしげな表情で視線を前に送ると、ゴブリンどもがよだれを撒き散らしながら飛び掛かってくるのが確認できた。


 ゴブリン共はめちゃくちゃドブ臭い。 じめじめした環境のため息苦しいせいか、ゴブリン共の体臭が嫌というほど流れてくるのだろう……


 俺は何食わぬ顔でバックステップして攻撃をかわす。 そのまま大きく後ろに下がって距離を取った。 が、なんだか違和感を感じる。


 はて? なんでこんなドブ臭いのだろうか? しかも急に蒸し暑くなった。


 フルダイブゲームとはいえ匂いとか体に伝わる感覚は共有できないはず。 脳を錯覚させているのだろうか? だとしたら素晴らしいゲームだ。


「何これスッゲーリアルだな」


 『あ、フリーズ直った』

 『今の雷のせい?』

 『停電しなくてよかったね』


 視界の右端に写っている半透明なウィンドウでは視聴者たちが不穏ふおんなコメントを投稿している。


 もしかしたら雷の影響でパソコンに問題があったのかもしれない、俺はまたしても液晶を外そうと鼻の前で指をくいくいと動かすのだが、やはり指に何も引っかからない。


「ナイル! ぼさっとすんな! 避けろ!」


 『こんなセリフ言われたっけ?』

 『サラーマさん迫真の演技だな』

 『これって仕様なの?』


 コメントを横目に見ながら慌てて武器を構え直したが遅かった。


 よそ見していてまったく気が付かなかったが、いつの間にか肉薄していたゴブリンの棍棒が俺の脇腹にめり込んでいた。 瞬間、


「うぐぁぁぁぁぁぁ!」


 脇腹が焼けるように痛んだ。 大量の唾液を吐き出しながら数歩横に飛ばされる。


 地面をころころ転がった後、脇腹をおさえてうずくり、痛みのあまり両足をばたつかせてしまった。 思いもよらない痛みで全身から脂汗が滲み出る。


 『ナイルたんも迫真の演技だ!』

 『このクオリティーなら役者を目指した方がいい』

 『なんかゴブリンの動き変じゃね?』


 なんだこれは? 痛い、痛い痛い痛い。


全身から汗が滝のように出ており、目の前から迫ってくるゴブリン共が二重にも三重にも分身して見える。 視界がぼやけて定まらない。


 わけがわからんしこんなリアルな痛みを再現するゲームとか、クソゲー以外のなんでもない。


 俺は慌ててハードウェアごと外そうと顎の下に指を引っ掛けようとしたが、そこにあるはずのものに指が引っかからない。


「何してんだナイル! もういいお前は下がってろ!」


 サラーマさんが飛び出してきて、巨大な斧を片手で軽々と振り回し、瞬く間に三体のゴブリンを薙ぎ払った。


 俺は脇腹の痛みで呆然としながら蹲っている。 そんな俺の元にサラーマさんがため息混じりに近づいてきた。


「ゴブリン相手にこのざまか、こりゃあ教育が大変そうだぜ」


 鱗で覆われたゴツい手を差し出してくるサラーマさん。 しかし脇腹が痛くてそれどころではない。


 『サラーマ氏流暢に喋るな』

 『こんなイベントあったか?』

 『俺のチュートリアルと違う』


「おおっと、まさかクリーンヒットしてたのか? ちょっと見せてみろ、もしかすると脇腹が折れてるかもしれねえな。 ちょっと待ってろ」


 サラーマさんは背負っていたリュックに腕を突っ込み、三角の包み紙を取り出した。


「ほらよ、おにぎりだ。 これで体力を回復しろ」


 ワニのように尖った口をニッと湾曲させ、爽やかな笑顔でおにぎりを包んだ紙を差し出してくる。 しかしこの痛みとこのじめじめした環境下だ。


「おにぎりより水飲ませてくんないっすかね」


 こんな環境でリュックの中に乱雑に突っ込まれていたおにぎりなんて、絶対腐ってるだろうなと思った俺は、そんな生意気な要求をするのだった。

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