第4話 『異世界転生したVtuberがいるって話はガチ?』

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 緊急時のため視聴者にこのゲームのことを大まかに教えてもらった。


 本来なら俺はゴブリン討伐した後小さな遺跡を見つけ、その遺跡を攻略中に仲間の傭兵に呼ばれて急いでアジトに戻る段取りだったらしい。


 俺はサラーマさんが所属する傭兵団の新入りという設定らしく、アジトに戻ったら重大任務が言い渡されるはずだったのだが。


「どうしてこーなった」


 ぐったりしながら移動用の馬車に腰掛けている俺。 馬車には俺と同じくこの樹海の調査任務をしていた傭兵たちが同乗している。


 視界の右端に表示されている半透明のウィンドウに視聴者たちのコメントが投稿されており、そのコメント欄ではヘリポリをプレイしたことある視聴者たちがああでもないこうでもないとそれぞれの見解を述べて議論しているようだ。


 『異世界転生したVtuberがいるって話はガチ?』

 『だから転生じゃなくて転移』

 『そんなことより最初のダンジョンでシリスの右手をゲットしなくてよかったの?』


 突然の異世界転生に動揺している視聴者たちも困惑している様子だ。 気がつくと俺の異世界転生を聞きつけたのだろうか、同接数が過去類を見ない数値まで上昇していた。


 今までの最高記録はせいぜい三桁だったのだが、その最高記録を大幅に上回って現在の同接数は三千弱。 素直に喜びたいところだがそれどころではない。


 『アジトに帰った後はシリスの体探しになるだろ?』

 『主人公たちが遅れて到着するはずのイベントが先倒しになっただけってこと?』

 『配信者が異世界転生したと聞きつけて』


 コメント欄は目まぐるしく流れており、とてもではないが目で終えたものではない。


 イベントが落ち着くのはアジトに戻ってお偉いさんの演説を聞いてからということだったので、それが終わったら視聴者のみんなと今後のことを話し合わなくてはならないだろう。


 流石に一人で異世界に転生してしまうと心細すぎてため息しか出ない。 そんな状況のせいか、ただひたすらに願ってしまう。


「とりあえず本当に転生したならチート能力の一つもよこして欲しいっすよねー」


 思わずぼやいてしまったのだが、俺の独り言に対し隣で腰掛けていたやつが反応した。


「誰と喋っているのかにゃ?」


 忘れていたが、今俺の周りにいるのは全員NPCではなく普通に意志を持った獣人たちだった。 よって、面倒なことに俺の独り言も無視されずに反応されてしまうわけだ。


 イライラしながら視線を向けると、小柄な少女が興味深げな顔で俺の顔を覗き込んでいた。


 真っ先に視線が向かったのは頭に生えている猫耳。 オープニング映像にも出ていた杏子あんず色の短い髪型をした女の子だ。


 頬には真っ赤なフェイスペイントで髭を思わせるような三本線が描かれており、八重歯もちらついている。 ニコニコと明るい表情をしていて、水着なんじゃないかと疑うほどの薄着だ。 肩とヘソと太ももが露出しているせいで涼しげだが目のやり場に困る。


「ああ、そいつはちょっと頭がおかしいやつみたいでな。 そっとしておいてやれ」


 向かい側に座っていたサラーマさんがすかさず猫耳少女に声をかけた。


「ちょっとサラーマさん。 俺を変人扱いするのはやめてもらえます?」


「でもなー。 お前さっきから変なことばっか口走ってるし一人でぶつぶつ喋ってるし」


「これは仕方がないことなんすよ」


「そうなのか?」


 サラーマさんが眉をハの字にしながら座り直したのを確認し、俺は再度盛大なため息をついた。 のだがコメント欄が先ほどとは比べ物にならない勢いで流れている。


 『サナたん降臨キターーーーー!』

 『登場早くね?』

 『もうヘリポリのストーリーを軸に考えないほうがいいかもな』


 どうやら隣の猫耳少女はサナという名前らしい。 おそらくこのゲームのストーリーに関わる重要人物なのだろう。


 どういった活躍をするキャラなのか聞きたいところだが、ここで視聴者とやり取りをするとまた変人だと思われかねない。 質問したい気持ちをグッと我慢する。


「ねえねえ君、サナと同期の新人くんでしょ?」


「どうも新人くんです」


「やっぱりそうだったのかにゃ! 同期なんだから仲良くしようよ!」


「是非とも」


 もはやどうとでもなれとばかりに空返事をする俺に対し、サナという少女は頬をぷっくりと膨らませた。


「なんだか君、すっごくそっけないんだにゃ!」


「そんなことないっすよ」


 適当に返事をしていたのだがサナさんはムキになって色々質問を投げかけてくる。 その全てに適当に返事をしていると、瞬く間にアジトに到着した。


 馬車を降りて大きく背伸びをしていると、緊張した面持ちの獣人たちがアジトの中から姿を現した。


 アジトと言っても俺たちは山賊や盗賊とは違う。 よってアジトは少し大きめな石壁の家屋になっており、街中に平然と建っていた。


 この街の名前はファイヤーム。 巨大な川のほとりに建設された中規模な街のようだ。


 大都市との貿易の中継地としていろいろな人種が行き交っているらしい。 全体的に土壁の家屋が多く、農地や水源としてかなり重宝されていると視聴者たちがコメントしていた。


 アジトの中に案内されると大部屋に仲間の傭兵たちがぎゅうぎゅう詰めになっていた。 俺はサラーマさんの後ろにピッタリとついて中に入っていく。 獣人がごった返しているせいで蒸し蒸しするしかなり獣臭い。


 顔をしかめながら人の動きに流されていると、小柄なサナさんは人波に流されないようさりげなく俺の腕にしがみついてきた。 コメント欄が阿鼻叫喚だったが意図的に見ないようにする。


 しばらくするとガタイのいい大男が部屋の奥にあった段上に上がった。 俺たちが立っている場所より少し高く造られた段だった。


 背中にはハヤブサのような翼を生やした凛々しい顔つきの大男。


「私の名はハレンドス。 訳あって君たちに協力を要請する。 このヘリオポリスの大地を支配者であり、神権を手にした偉大なるファラオ、シリス様の後を継ぐものだ!」


 ハレンドスさんの自己紹介を聞き、部屋の中にいた獣人たちがざわつき始める。


「君たちに協力要請をするのは他でもない。 初代ファラオであるシリス様が暗殺され、その体を十四に分割されたからだ!」


 ざわめく周囲の反応を横目で確認しながら早速俺は小言を呟く。


「何? 復讐に手を貸せ的な感じ? しかも暗殺されたとか……地上にあってファラオに不可能はないんじゃなかったのかよw」


「こらナイル! 静かにしろ!」


 サラーマさんに怒られた俺は渋々口を閉ざす。


 『悲報、ナイルたんのお小言が封印された件』

 『ばんぶつばんしょーわがしゅちゅーにあり』

 『貴様いつまでサナたんとくっついているけしからん』


 チラリと横目にサナさんの顔を伺うと、サナさんは驚いた顔で俺の腕にがっしりしがみついていた。 いい加減離してほしいが、サラーマさんに静かにしろと怒られた矢先口を開くのは躊躇ちゅうちょしてしまう。 犬より猫派な俺だからと言って、決して鼻の下を伸ばしてなどいない。


「これから諸君らにお願いするのは、十四に分割されたシリス様の体を集める依頼だ!」


 周囲の獣人たちがあっけに取られたような雰囲気で騒ぎ出す。 暗殺した人は随分むごいことをするもんだ、相当うらみがつのっていたに違いない。


「これから君たちと協力をしてシリス様の体を集め……復活させるために!」


 ……はて、話がぶっ飛びすぎてて脳みそがついていけなかった。 暗殺されてバラバラにされたのに、復活するの? もしかしてファラオって人間じゃない感じ?


「ちょっとあいつ何言ってんの? 説明求む」


「こらナイル! お前無礼な発言は控えろ!」


 サラーマさんが慌てて俺の口を塞いだ。


 『これはとある神話をモチーフに描かれたシナリオでして……』

 『初見だと時系列とかツッコみたくなるよなw』

 『ここでいうファラオとは支配者や王といった意味合いを持つ』


 その後もハレンドスさんの長々とした演説を経て、部屋に集まっていた傭兵たちはものすごい士気を上昇させていたのだが、俺はというと話がぶっ飛びすぎてるわ部屋の中が獣臭けものくさすぎて気分が悪くなるわで、内容は全く頭に入らなかった。

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