終章

終章 貴方たちを愛しているから

 この世界は滅亡に瀕している。

 何を馬鹿な、と思うだろうか。

 残念ながら事実だ。何故なら他ならぬ私が滅亡する直前まで世界を追い詰めている当人だからだ。


 かつて野蛮な風習を持つ砂漠の民を魔族に仕立て上げ、各国に攻撃させ、魔王を立ち上がらせたのは私。

 その後も蜥蜴族への嫌悪を煽り、世界を大戦へと導いたのも私。

 そしていま一度は失敗した邪神の復活を目指している。


 なんのために?


 もちろん人類のためだ。


 ヴァルメルクス?


 違う、あれは小物だ。

 私に利用されている末端の一人に過ぎない。


 安心してもらっていい。

 世界は滅んだりはしない。

 私は危機を煽るだけだ。

 ほんの少し世界の流れを変えてやっているだけだ。


 ちょっとした小川を想像してもらいたい。

 流れを堰き止めた水の流れはそこに溜まり溢れ出すが、大抵は元の流れに戻る。

 私が滅亡させる勢いで世界に試練をばら撒いても、それに対応するように力が働く。


 世界の復元力とか、神の意思とは違う。


 人だ。


 人間の強い意思が、そうさせる。


 私が散蒔く悪意の種は、ほとんどの場合で芽を出さない。

 何故なら人間は基本的には善良だからだ。

 人間が世界を正しく導こうとする力は、私が世界を滅亡させようとする力より強い。

 もしも世界が平穏に見えているのであれば、それは世界を平和に保とうとする強い意思を持つ人々が常に努力を払っているからだ。

 人々の努力の先にあるのが平和だ。

 平穏な日々だ。


 だがそれは停滞の日々でもある。

 金の流れは淀み、権力は集中する。


 まったく危機の無い世界を思い浮かべて見て欲しい。

 そうすると力持つ者がさらに力を持ち、弱き者たちが死なない程度に搾取される。

 そのような世界になるだろう。

 そこでは英雄も生まれない。

 必要ないからだ。

 英雄になる素質のある者が疎まれ、食い詰め、犯罪者に成り下がるのが平和な世界というものだ。


 ゆえに決定的な破滅に向かう前に、世界に適度な刺激を与え、流動性を持たせることは、長期的に見れば世界のためだ。

 私は世界の滅亡を望んでいるわけではないよ。

 ただ滅亡に向けて手を尽くしているだけだ。

 ほどほどの混乱が望ましい。


 心配はいらない。

 混乱が起きれば、それに反発するようにして人々は力を合わせ、そして英雄が生まれる。

 鴉族から勇者ネブロンが現れたように。


 人は素晴らしい。


 私がどんなに手を打とうと必ず立ち上がり、いずれは問題を解決する。

 その姿を私は美しいと、愛おしいと思う。


 世界は大戦の傷から立ち直り、再興の道を歩んでいる。

 以前よりもずっと良い世界が生まれようとしている。


 技術は発展し、世界に広がり、飢える者が減り、克服された病も数多い。

 この世界は素晴らしい。

 だからそれが腐り落ちてしまう前に邪神復活の手筈を整えなければならない。


 魔王動乱期に勇者に渡った魂喰いの宝玉は本物の奇跡を持つ聖遺物だった。

 それは復活したばかりの邪神の命をも喰らった。

 そして行き所を失った邪神の力は勇者が得た。


 状況からの推測だが、以前と以降で勇者の活躍がまるで違うことからそうではないかと思われる。

 また黒檀が一行を離脱し、身を隠したことから、勇者が宝玉に近付くと邪神が復活する予兆でもあったのではないだろうか。

 ゆえに勇者も蜥蜴族との和平を果たした後は姿を消した。

 万が一にも両者が接触することはないように、双方が隠遁したのだ。


 だが邪神の命は宝玉の力をわずかにではあるが上回っていたのだろう。

 邪神の命は宝玉を内側から逆に喰らい、受肉して顕現した。

 だが力は勇者に奪われていたため、その姿は力無き赤子となった。


 それが十年前。

 顕現した邪神は月白という名を与えられ、黒檀の養女に収まった。


 このようなところだろうか。


 推測に推測を重ねているため、確信はないが、可能性はある。

 月白の行動から邪神としての記憶や本能は失われている可能性がある。

 だがそれも勇者が持つ力を取り戻せば、復活するかも知れない。


 ゆえに私は画策する。

 月白と勇者の邂逅を。


 勇者が寿命を迎えた時、その力がどうなるのかわからない。

 近くにいる力ある者に受け継がれる可能性が高いとは言え、確実ではない。

 勇者ネブロンは鴉族としてすでに老齢に達している。

 時間はあまり残されていない。


 幸いにして黒檀と月白の足取りは追えている。

 煌土国から姿を消した後は、西へ旅をしている。

 目的地はまだわからないが、決まっていない可能性もある。

 彼らがとにかく煌土国を離れなければならないと考えるのは自然なことだ。


 黄都での一件から、黒檀のそばで大きな事件が起きれば勇者は再び姿を見せる可能性がある。

 世界大戦が起きても身を隠し続けた勇者が、黄都での大火災程度で身を現したのだ。


 ゆえに狙うべきは黒檀だ。

 そして黒檀が狙われていることを大々的に喧伝する。

 今度は裏社会ではなく、表舞台で。


 私は非常に良い手段を思いついた。


 本当のことを世界に明かしてやろう。

 黒檀という男の養女である月白は世界を滅ぼしかねない邪神であると流布するのだ。

 馬鹿げた妄想に聞こえても、それが事実である以上、一定の真実味が生まれる。


 真実、それは事実なのだ。


 ではまず――、


 こんこん。と――、


 そのとき不意に部屋の扉を叩く音がした。

 私は無視することにする。

 しかし――、


 こんこん、こんこんこん。


 繰り返し扉は叩かれる。このような不躾な使用人が居ただろうか?


「申し訳ありません。失礼して構わないでしょうか。火急の報せがございます」


 それは若い女の声であった。


 私は机の上を確認した。

 重要な書類をまとめ、引き出しに入れる。

 鍵を掛けた。


「どうぞ、何事ですか?」


 扉が開き、使用人の衣服に身を包んだ金髪で碧眼の、猫族の娘が入ってくる。


「言伝を受け取って参りました。お伝えして構わないでしょうか?」


「構わないよ。何があったんだい?」


「ただ一言でございます」


 そう言って女は腕を上げた。

 バチンと弾けるような音がして、何かが私の首に巻き付いた。


「さようなら」


 首が絞まり、急速に視界が暗くなる。

 暗闇に閉ざされる前に私は猫族の娘が私に向ける銃口を見た。


 素晴らしい!


 この短期間に私のことを突き止め、幾重もの守りを抜けて、辿り着いたというのか。


 人は本当に素晴らしい。


 人に、愛に祝福あれ!




    ☆★☆★☆


 大陸西方に象族の築いた港町がある。

 鯨族との交流が深い、静かで穏やかな町だ。

 象族も、鯨族も気性が穏やかなことで知られている。


 一方で彼らは蜥蜴族の広めた技術の恩恵にはあまり預かれない。

 彼らには器用に動く指がないからだ。


 山の奥深くで暮らしていた黒檀や月白から見ても町というよりは集落のようなそこは、しかし先の大戦に巻き込まれることもなく、魔王動乱期の終わり頃から時間が止まったように佇んでいる。


 黒檀たちはこの町に辿り着いた当初こそ、象族や鯨族との意思疎通に苦労したが、この町を実質的に築いた猫族たちの助けを借りて、今は生活ができるくらいにはなっていた。


 今日も漁を終えて港に戻ってきた黒檀を月白が出迎える。

 この町では鯨族たちの食事のおこぼれに預かる形で、漁をすることが許されている。


「黒檀、おかえり」


「ただいま。月白」


「露草も帰ってきた」


「……って、なんで言うんですか!! 後ろから近付いてびっくりさせようって私、話ししましたよね!」


 物陰から飛びだしてきた露草が月白に文句を言う。


「言っちゃ駄目だって言われなかった」


「言わなくてもわかるでしょ!!!」


 ぎゃあぎゃあとやかましく言い合いをする二人の前で、黒檀は仕事の疲れも忘れ破顔した。


「まったく、困った子たちだなあ」


 夕日が海に沈んでいく。今日が終わる。


 そしてまた明日が来る。


 今日よりも良い明日が来る。


-完-




----

以上、九番目の貴方へでした。

お読みいただきありがとうございました。


現在、下記2作品を更新中ですので、そちらもよろしくお願いいたします。


魔法チートをもらって転生したけど、異世界には魔法がありませんでした

https://kakuyomu.jp/works/16818093076241201686


異世界現代あっちこっち ~ゲーム化した地球でステータス最底辺の僕が自由に異世界に行けるようになって出会った女の子とひたすら幸せになる話~

https://kakuyomu.jp/works/16816700426605933105

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九番目の貴方へ 二上たいら @kelpie

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