第四章 愛は定め 4

 監視兼保護者役として猿族の男性、秘色ひそくが露草に同行することになった。

 監獄で見たことのない顔だと思ったら、依頼者側の人間であるらしい。

 正真正銘の監視役であった。


 猿族の男性が猫族の父親を演じること自体は問題ない。

 猿族が猫族と子どもを作るのは珍しくない。


 碧浜から黄都へは馬車を使うことになった。

 乗合馬車ではなく、貸し切りだ。

 碧浜から黄都に行き、仕事を終えて碧浜に戻ってくるまでにかかる費用はすべて依頼主持ちだった。


「俺と君の経歴について詰めておこう」


 秘色は露草を子ども扱いはしなかった。

 露草が例え途中だとしても暗殺者としての教育を受けており、組織は今回の任務に堪えるとして露草を選んだ。

 その背景情報が秘色にそうさせるのかも知れない。


「欺瞞経歴なんている? 子どもを一人殺して逃げて終わりでしょ」


「その子の親を心底震え上がらせるのが目的だからな。ただ殺せばいいってもんでもない」


「どういうこと? 子ども殺しだとしか聞いてないんだけど」


 露草は眉を顰める。

 詳しいことは依頼人から聞けとは言われていたが、そもそも依頼と、依頼主の目的が異なるというのは、収まりの良い話ではない。


 露草は殺しの道具だが、生きていて考える以上、扱われ方も気にする。


「依頼内容はそうだ。その子どもの通う学校に生徒として潜入して、殺害する。そう依頼した。内容を確認しようか。標的は黄都の学校に通う薄雲という名の少年だ。十一才。暗殺ではなく個人的な殺人だと表向きは思わせるために三か月から六か月の間、その子と関係性を築いた上で、人前で殺害を行うこと。ただし武器は現地調達できるものに限り、手段も一般人の範囲を出ないものとする。その後の逃走、黄都脱出までは依頼主も手を貸す。以上だ」


 露草は絶句した。


「最短でも三か月も拘束されるってこと?」


「その分もちゃんと上乗せで支払っている。碧浜の組織は了承したし、その上で君が派遣されてきている。君が聞いていなかったとしても、それは君と碧浜の組織の問題だ。俺は君に了承を求めたりはしない」


 なるほど。

 ここで駄々を捏ねてもまったく建設的ではない。

 露草は素直に頷いた。


「分かった。それでその子どもの親は何者なの?」


「煌土の民主化を求める集団の頭さ」


 再び絶句。

 黒将軍と大名達が国を治めている現状について憂う声があるのは知っている。

 いや、声があるなんて程度の話ではない。


 彼らはすでに組織だっており、大人数の集会を行ったりしていると聞く。

 幕府は彼らを危険視しているが、民衆は現状の政治体制に不満を抱いており、変に刺激すればたちまち爆発するだろう。


 露草は裏組織の雛鳥だが、これくらいのことは知っている。

 裏側だからこそ表の政治情勢を頭に入れておくことは必要だからだ。


「えぇ……、それって、依頼主は……」


「さてね、少なくともお庭番が動いてることは確かだな」


「本丸じゃないの……」


 露草は頭を抱えたくなった。

 耳を塞いで聞かなかったことにしたい。

 つまりこれは幕府による反体制派への制裁なのだ。


「黄都にも裏組織はいくつもあるでしょうに、なんで碧浜の組織に」


「地元のそういう組織に弱みは見せられない。碧浜の組織が選ばれたのは安定していて、使えるくらいに育ってる子どもがいると聞いたからだ。つまり都合がいい」


 ここまで聞いてしまった以上、引き返せないと露草には分かった。

 秘色ももう露草を逃がす気はないから話したのだ。

 泥沼に足を取られたようなものだ。

 どう足掻いても、抜け出すことは無理だ。


「分かった。じゃあ私がやることはまず学校に入学する。それから薄雲って子と三か月かけて何らかの関係性を深める。その上で人の見ているところで殺害を行えばいいのね。関係性というのは好悪問わないと考えていい?」


「まさしく」


 露草はため息を吐いた。

 別に反体制派への制裁はどうでもいい。

 だが長期間に渡る仕事だとは聞いていなかった。

 キュウに寂しい思いをさせなければいいのだけれど。


「仕事道具しか持ってきてないよ。日用品からなにからなにまで買いそろえてくれるってこと?」


「そのほうが有り難い。これから決める俺たちの経歴に合わせてすべて買いそろえる」


「今まで聞いた中では一番良い話ね」


 露草は幕府の金を自由に使えると考えることにした。

 裏社会の下っ端が国民の血税を使うと考えると少しは愉快な気持ちになれる。


「それで俺と君の関係性だが、学校に通ってもらうことから俺が保護者である必要はある」


「そうね。他に条件は?」


「君はなんらかの事情で碧浜の学校から黄都の学校に転校することになった。金銭的には裕福な部類だ。黄都に一軒家を準備してあるからな」


「貴方は顔出しして問題ないわけ?」


「これが本当の顔だと思うか?」


 秘色はそう言って自分の頬を摘まんだ。

 皮膚の弛み具合から、それが表皮でないことは分かった。


 つまりこの男は最初から本当の顔を見せてはいないのだ。


 とは言え、露草に驚きはない。

 変装については組織で学んだ。

 被り物等で顔をすっかり入れ替えてしまうなど容易だ。


「ああ、そういう。髪色は私に似せて来たわけね」


「そういうこと。実の親子が一番無難だからな。だが他案があるなら聞く」


「異論は無いわ。母親は? 死んだことにする?」


「戦災孤児になった君を俺が引き取ったという線もあるぞ」


 それは生理的に無理だ。


「それだと秘色、貴方が児童性愛者を疑われるよ。行く先々で養父からなにか変なことをされてないか心配されるのは面倒だわ」


「なっ」


 そういう可能性もあるという目で見られるだけで嫌だ。

 露草が心底嫌そうな顔をしたからか、本当に心外だったのか、秘色は腰を浮かせた。


「いや、失礼、そいつは困るな。俺は過剰なくらい女性的な体付きじゃないと駄目なんだ」


「貴方の性癖は聞いてない」


 幕府関係者なので警戒したが、秘色は露草に取って付き合い易い相手であった。

 多分、お互いに相手を信用していないという認識を共有しているからだろう。

 相手に気に入られようと自分を偽らずに済む。


「ふむ、亡き妻の忘れ形見に嫌われながらも面倒を見る父親か。いいな。人妻にモテそうだ」


「父親役が不倫で刃傷沙汰は勘弁してよ」


 前言撤回。自分を偽らないで済もうが、駄目なヤツは駄目だ。


「では母親は君を産んで死んだことにしよう。君は母親のことは何も覚えていない」


「覚えることは少ないほうがいいものね。実際のところ黄都に一軒家を用意できるってどれくらいの金持ちなわけ?」


 秘色は顎に手を当て、髭を弄りながら少し考えた。


「そうだな。成功した商人や、地主、名主からと言ったところだろうな」


「碧浜から越してくるわけだから商人ね。碧浜でなにかの商売で成功して、黄都に手を伸ばそうとしている若旦那ってところじゃない?」


「ふむ。そうだな。碧浜の特産品が妥当か。なにかあるか?」


 監獄から外に出たことのない露草は碧浜の市場を直接見たことはなかったが、一応碧浜が港湾都市であることは知っている。


「海産物か貿易品ってところじゃないかな」


「貿易商のほうがいいか。海産物は足がはやい。黄都に持ち込むなら干物になっちまう」


「本当に扱うわけじゃないでしょうに。まあ貿易品にしてもなにか特定の物に絞ったほうがいいんじゃない? なんでも扱うような大店が突然現れたりはしないでしょ」


「そうだな」


 秘色は再び少し考え込んだ。

 髭を捻るのは考える時の癖らしい。


「麗糸なんかはどうだ?」


「れいし?」


 まったく聞き覚えのない言葉に思わず露草はそのまま聞き返してしまった。

 知識の無さを露呈したのでなければいいのだけれど。

 と、まだ幼い露草はそう考えてしまう。


「知らないか。まあ、まだ珍しいからな。こういうのだ」


 そう言って秘色は懐から畳まれた布きれを取り出して露草に渡す。

 最初はなんてことのない手拭いかと思ったが、広げてみて思わず声が出た。


「手拭い? え? なにこれ。透かしや細工が布に入ってるの? へぇ、へぇ~え」


「女性はそういうの好きだよな」


 女性と一纏めにされたのは気に食わないが、この麗糸という布はたしかに惹かれる。

 刺繍ならわかるが、これは違うようだ。

 どうやって糸が形を保持しているのかわからないが、そんなことはどうでもいい。


 これはいいものだ。

 心をくすぐられる。


「これは黄都には流通してるわけ?」


「いや、なんというか流行るに流行らない背景事情があってな。いま技術を盗もうとしているところだが、まだうまく行ってない」


 秘色は言葉を濁したが、露草にはすぐに分かった。


「出元は蜥蜴族ね」


「よくわかるな」


「こういう細かい手仕事か、あるいはそれができる機械工作に関して蜥蜴族に勝る種族はいないでしょ」


 蜥蜴族のことを評価するのは気持ちが良い。

 キュウが褒められているような気持ちになれるからだ。

 露草の意見を聞いて秘色は目を丸くして驚いているようだった。


「煌土で蜥蜴族に対する真っ当な意見を聞くのは珍しい。そうだ。彼らは他の種族より遙かに器用だし、根気強く、また工作に長けている。だがどんなに美しくとも蜥蜴族の手によるものだと知ると、途端に煌土の女性は嫌がるからな。だから碧浜で生産に成功したことにする。貿易品ではなくなってしまうが、黄都に出るには十分な条件だ。本当ならな」


「いいんじゃない? そういうことなら私が身に着けていても不自然ではないわよね」


 蜥蜴族の特産品であればキュウへの土産にできるかも知れない。

 露草はこの機会に大量の麗糸を手に入れようと思っていた。

 単純に自分で使いたいという思いも、まあ五割くらいはあった。


「そうなるな。だが実際に手に入るのは蜥蜴族の作った品だぞ」


「あら、それがどうしたの? ねえ、袖に縫い付けたら可愛くない?」


「俺に同意を求めるな。まあ、君が気に入ったなら良かったよ。それでは麗糸を使った特注品で身の回りを固めることにしよう。君は俺が黄都に放った広告塔だ」


「いいね。楽しそう。けれど、できるだけ早く終わらせて帰るわ」


 露草がそう言うと秘色は不思議そうに首を傾げた。


「碧浜がいいのか?」


「そりゃそうでしょ?」


 この男は何を当然のことを聞くのだろう?

 露草は当たり前のことを訊かれることの意味がわからない。

 誰だって自分の居場所に帰りたいものだ。


「犯罪組織の、中の人間は監獄なんて呼ぶ建物に閉じ込められていて、か?」


「煌土という国の幕府に命運を握られているのとさほど違いはないわ。下を見て同情するくらいなら、上を見たほうがいいよ。私と、貴方、そんなに違いはないとわかるから。そしてどんな高みに居ても、人は人。刺せば死ぬし、血は赤くて、臓物はクソの臭い」


 露草の持論に秘色は馬車の天井を仰いだ。


「違ぇねぇや」


 馬車が止まる。ここからは仕事の時間だ。




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