第十三話 クロガネ
第七住宅区にも、
もう捜索を始めてから四日が経過していた。最初は、何も無かったかのようにフラッと帰ってきてくれるんじゃないかという謎の期待を抱いていたけど、そんなのは世迷い言だと今では痛感している。
「やっぱりイロハさん……オブザーバーに」
やめろ、考えるな。
今ここで俺が動けなくなってしまったら、一体誰がイロハさんを見つけられる?
彩音の身体が黒塗りで覆われた時だって、澪にはいつも通りにしか見えてなかったようだったし、やっぱりあのモヤモヤは、俺にしか見えていないようだ。
仮にイロハさんがオブザーバーにやられたとしても、彩音みたいに全身黒塗りの状態で、今も何処かを彷徨っているかもしれない。
でも、一体何処を探せば……。
「……お? 珍しく先客が居ると思ったら、なんだ。この前の坊主じゃねぇか」
聞き覚えのある声に釣られて顔を上げると、そこには何時かのタクシーのおじさんが立っていた。
「そういえば、前もココらへんで降ろしたっけな。俺もよく来るのさ。狐公園」
そう言うと、おじさんは俺が座っていたブランコのもう片方へと腰掛ける。
「……どうした? 顔、真っ青だぞ?」
「えっと、その……。ここ数日何にも食べれて無くて」
おじさんはそれを聞くと、腕に抱えた茶色い紙袋から、まだ湯気の立つパンを一つ手にとって俺に手渡した。
「やるよ。この前教えてもらったパン屋で買ったんだけどな? これがまたべらぼーに旨くてよ」
促されるままに口に運ぶ。すると、口内いっぱいにバターの香りが広がって、腹の中でジュワッと胃液が湧き出るのを感じた。
「ん……⁉️」
「な? イケるだろ?」
言葉を発する暇もなく全部平らげてしまった。
「こんなの何処で……?」
「お、気になるか?
腹が音を立てて鳴った。が、さすがに食事をしようという気には到底なれない。
「……やっぱなんかあったろ。こんなおじさんで良ければだが、何だって聞いてやるぜ?」
俺は散々迷ったが、もう一人で抱え込むには限界が来ていたのもあって、簡単に今の状況をおじさんに説明した。
「要するに、居候してた女の子がいきなり居なくなって、それを探してるってわけか」
「……はい」
紙袋に入った残りのパンを口に運びながら、おじさんは少しの間考え込む。
「んー……。長くタクシードライバーをやってるが、楓宮に来てからはそんな発色の良い赤髪の客は乗せたことねぇなぁ……。それに、脇道で見かけたとしても、目立つ格好してりゃあさすがに覚えてるはずだ」
「そう……ですよね」
お手上げだ。楓宮中を走り回っているおじさんですら見ていないということは、やっぱりあの黒塗りに……。
――俺一人で、あの黒塗りに立ち向かうしか無いのか?
その瞬間、イロハさんが居なくなる前の日にあの人が言っていた言葉が頭を
――もしかすると、貴方にも、大変な思いをさせるかもしれない。
「もしかして、これも作戦の内だったとしたら……?」
俺は小さく呟いた。
「作戦……? 一体何のことだよ」
首を傾げるおじさんに、俺は立ち上がって質問を投げかけた。
「おじさん、ここらへんで、刀を研いでくれるような武具屋とか、工房に心当たりってありませんか?」
「マックだ。マック・フランキー。普段はマッさんとか呼ばれたりもするが、まあ好きなように呼べばいいさ。ま、そんなことより……」
そう言うと、おじさんはポケットから財布を取り出して、中から一枚の名刺を手に取って言った。
「あるぜ、心当たり」
――二時間後。
俺が住んでいる場所から車で二十分くらい走った山奥に、それはあった。
「エクスキューズミー! 誰かいねぇかー?」
声がうるさい……。山奥だから近隣への迷惑にはならないだろうけど、それにしたってマッさんの声はうるさすぎる。
マック・フランキー。名前からして西側の出身なんだろうけど、勝手なイメージで申し訳ないが、西の住民にはこういうヘンテコな人が多い気がする。
散々マッさんが叫んだ甲斐あって、工房の中から一人の女の子が出てきてくれた。
「こんな夜遅くにお客さんなんて珍し……って、あれ⁉️ コンコンタクシーの運転手さん!」
「よっ。
異様に仲が良さそうだ。顔見知りなのか?
「いえいえどういたしまして。……あれ、後ろに居るのは、もしかして日百合くん?」
「えっ……?」
突然名前を呼ばれて驚いた。多分面識はないはずだけど……。
「日百合彩音ちゃんのお兄さん、だよね? 学校じゃ兄妹揃って色んな意味で有名だから……。初めまして。
全然知らなかった。けれど、まぁ別に珍しい話でもない。楓宮は国土の割に学校の数が少ないせいで、学年一つの人数が五大国の中でも随一だって聞いたことが或る。
俺は今二年だけど、二年生だけでも確か四百人くらい居たはずだ。そうなれば、こんなふうに同級生でも面識のない奴が居たっておかしい話じゃない。
「日百合蘭だ。よろしくな」
「へー、意外と普通に話せる人じゃん。クマキチくんがいっつもちょっかいかけてるから、てっきりめちゃくちゃ暗い子なのかと思ってたけど」
「あぁ? 坊主、おめぇ学校でいじめられてんのか?」
すぐにでもココから逃げ出したい。同級生と絡むとこういうのがあるから困る。
「ま、実を言うとね。私も学校の子達はあんまり好きじゃないんだ……。せっかくプライベートで知り合えたんだし、学校での事はこれくらいにして、とりあえず、中入って」
言われるがままに俺とマッさんは工房のドアを潜って建物内へ迎えられた。
中では工房で働く職人さんが、赤く発光した金属と向き合いながら汗を流していた。
「はえーすっげぇ……。テレビや映画では見たことあるけどよ、実物を見たのは初めてだぜ……」
マッさんが子供のように目を輝かせながら辺りを見回る。
「みんな! ちょっと休憩にしょー。 私、お茶淹れてくる!」
「なんか雰囲気あるな。別の世界に迷いこんじまったみてぇだぜ」
そう言ってはしゃぐマッさんを追いかけるようにして、俺も工房の奥へと足を勧めた。
「さてっと、じゃあ、要件を聞きましょうか」
工房の傍らにある製図台の上を簡単に片付けた
「この刀を研いで欲しい。出来ればすぐにでも」
俺は製図台の上に、布で丁寧に包まれたソレを解いて見せた。
すると、
「これ……
「母親がまだ生きてた頃に、実際に使ってた物らしい。両親が亡くなってから俺が受け継いだんだけど、手入れの仕方すら分からなくて、ずっと納戸にしまってあったんだ。
「……日百合くん、魔剣ってどういうものか知ってる?」
「昔、親から簡単に説明は受けてるよ。魔導の波長を流し込んで、アーキを纏わせて斬れ味や斬撃の性質を変化させて戦う武器だって」
刃の表面を、
「……ごめん。正直自信無いかも。
「え、ら、来月⁉️ ……そっか、そりゃあ仕方ねえな。いやぁ無理言って悪かった。また来月来ようぜ? な、坊主」
「それじゃダメなんだ……!」
声をあげた俺に驚いて、その場に居た職人さん含め全員が黙ってしまった。
俺は気不味くなって肩を
「訳あって、今日明日中にでも仕上げて欲しいんだ。無理なお願いだってのは分かってる」
「……」
「……条件つけてもいい? もし私がこの刀をピッカピカに仕上げられたなら、今後、この子の面倒は私に見させて欲しい。
やけに力の込もった視線に、俺は少し怖気づきながらも首を縦に振った。
「よし決まり! みんな、火の準備して! 今夜中には仕上げるわよ!」
「「オー!!!」」
職人さんが同時に声をあげる。あまりの迫力に、人生で初めて腰をぬかしそうになってしまった。
「なんだなんだ? これってまさか、もしかして青春ってやつなのか……⁉️ ウオオオオオオ燃えてきたぜ!」
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