第四話 悪夢

 せっかくだから、夢の内容に合わせて、少しだけ自分の事について整理しておこうと思う。

 

 突然だけど、俺は父さんと母さんの本当の息子じゃない。

 

 もちろん、自分から両親にもきちんと確認をとったし、さっきお医者さんが話していた俺の身体障害――先天性せんてんせい魔導廻廊まどうかいろう欠損症けっそんしょう――の検査を受けた中で、副次的にではあるが医療機関からも他人であると認められている。

 

 俺が初めてその事を知ったのは、丁度四歳の頃だった。

 

 蒸し暑い夜、自室でなかなか寝付けずに居た俺は、おもむろに部屋を飛び出して家の中をこっそりうろついていた。

 

 誰にだって幼少期にこういう経験はあるんじゃないかと思うんだけど、そういう時に限って、子供は大人の秘め事を意図せず耳にしてしまったりする。

 

 そんな俺も例に漏れず、両親が俺の出生について話しているのを耳に引っ掛けてしまった。


 最初は……、そりゃあ人並みにショックは受けたけど、そもそも俺は両親と顔が全然似ていないのもあって、「なるほどな」と納得もしていた。

 

 たとえば、父は発色の良い赤髪で、母は透き通った白い髪。そして両親共に瞳は赤く輝いている。それに対して俺はというと……。

 

 あれ? おかしいな。何故か自分の容姿がパッと頭に浮かんでこない。

 

 でもまあ、そういうこともあるだろう。なんてったって夢の中だ。


 自分の顔があやふやだったり、自分の夢なのに視点は外へ飛び出していたり、他人の目線から見ていたりすることだってある。

 

 人間は空なんて飛べないけれど、夢の中でなら何処までだって飛んでいける。


 なら、自分の顔を忘れてしまうことくらいあったっておかしくはない。

 

 

 思い出せないものはしかたない。容姿の話は後にしよう。

 

 とにかく両親が言うには、俺は赤ん坊の頃、近くの河川敷のほとりで衰弱した状態で倒れていたらしい。


 そんな俺を真っ先に見つけてくれたのが、母親の日百合ひゆりあやだった。

 

 俺が発見された日は丁度、両親共に楓宮ふうぐうへ引っ越してきた日だったようで、母は俺にこの話をしてくれた時、「運命の出会いとしか思えなかった」と言っていた。

 

 母さんがもし俺を見つけてくれていなかったら、俺は物心付く前に命を落としていただろう。血の繋がりがなかったとしても、俺にとっては紛れもない恩人だ。

 

 ……まただな。昨日、病院で座って待っていた時からおかしいと思ってたんだけど、どうも俺は自分語りに余念が無いらしい。


 普段はこんなことないんだけど、緊張のせいなのか、或いは命の危機を目の当たりにしておかしくなったか?


 どうでもいい自己紹介はこのくらいにして、夢の内容に戻ろう。


 気付けばすっかり場面は変わって、小学五年生の俺と、手を繋いで泣きながら遺影を見つめる彩音が現れる。

 

 そう。この日は両親の葬儀の日だった。

 

 魔獣まじゅう精霊せいれいが死んだ時、亡骸は発光する粒子となって天高くへと昇っていく。


 当たり前だけどそれは人間も同じで、亡くなった人間の遺体が残ることはない。

 

 俺達兄妹もまた、両親の死に目に会うことが出来なかった。

 

「兄ちゃん、なんで……なんでお父さんとお母さんは死んじゃったの? ねえなんで……?」


 彩音は泣きじゃくりながら俺に向かって何度も問いかける。

 

 俺は何も答えない。何も知らなかったんだ。ただ遺品だけが自宅に届いて、大人たちから淡々と説明を受ける。そんなの、実感なんて持てるわけがない。

 

 ここからは後になって知った話だけど、俺達の両親は、不死鳥の魔獣迦楼羅かるらによって殺された。

 

 葬儀の前夜、俺達子供は住宅区ごとに決められた避難場所へ逃げていた。

 

 鳴り響く轟音、何処からともなく聞こえる悲鳴、焼けるふうの大木。何もかもがぐちゃぐちゃだった。

 

 このまま世界が終わってしまうんじゃないかと思うほどの惨状の中、魔術師兵団――いわゆる(ギルド)――は総力を挙げてこれに立ち向かい、組織の人間の大半を失いながらも迦楼羅の撃退に成功した。

 

 そして、組織に協力していた俺の両親は……。

 

 ……またやってる。やめだやめだ。誰が聞いてるわけでもないのに、何やってんだ俺は。

 

「何って、そりゃあてめえ、寂しいからに決まってんだろ?」


 聞き覚えのある声で俺は我に返った。いつもなら葬儀のシーンで終わるはずが、どうやら夢はまだ続いているらしい。

 

 次の瞬間、後頭部を撃ち抜くような衝撃と共に、視界が真っ赤になってその場に倒れ込んだ。


 これは……イジメられてるときの記憶なのか? 恐らく三人、いや四人かもしれない。俺を蹴る足の本数がどんどん増えていく。

 

 俺がお前らに何したってんだよ。止めてくれ……。もう逆らったりもしない。だから、頼む、頼むからもう……。



「兄ちゃん、なんで助けてくれなかったの……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る