秘密

ある日のこと。


玲の家でごはんを食べた後、玲のママが出かけていった。

「事務所でお仕事してくるから。なにかあったら隣の部屋ピンポンしてね。」

「はーい。」


事務所とは、最近、玲の隣の部屋に引っ越してきた、知らないおじさんの部屋のことだ。


めがねをかけた、温厚そうなおじさんだ。僕はその人とは話したことはないが、玲に親しげに挨拶をするその人を頻繁に見かけていた。


玲のママは専業主婦であり、帰ってこない夫がいた。


「やった!今日は、ママがいないから、夜中まで起きられるね!夜ね、すっごいテレビがあるんだよ。」

玲は楽しそうに話した。

僕も大晦日以外は夜更かしなんかしたことがないから、ワクワクしていた。


今思えば、この時の玲のセリフは闇が深いように思うのだが、当時の僕には単に夜更かしができる日、という感覚しかなかった。


僕たちは2人きりで、遅くまでたくさん色んな話をした。

学校以外で、玲と2人だけでゆっくり話したことなんてあまりなかった。

僕たちは、クラスのことや、恋の話なんかして盛り上がった。


—気づくと、時計は夜12時を回っていた。


玲のママは、まだ【オシゴト】から戻ってこない。

僕はだんだんと閉じかかる瞼をごしごしとこすった。


「葵、まだ寝たらだめだよ。2時半になったら、面白いテレビが始まるから!」


僕たちはあくびをしながら、2時半までふとんにくるまって語り明かした。



—2時半。




玲がテレビをつけると、大胆に肌を露出した派手なお姉さん達が画面にたくさん映っていた。



うわぁ。

初めて見る深夜テレビに、僕はドキドキした。



「ねっ、すごいでしょう!?」

玲は得意げだ。今までも何度か見ているような口ぶりで、おとなしい普段の優等生の玲からは想像もつかない姿だ。



僕たちはただただ、普段は見ることができないエッチなお姉さん達を眺めたまま、3時過ぎまで目を開けていた。



「さ、寝るか。」



番組が終わった。

玲のママは、まだ、帰っていない。




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それからしばらくしたある時、玲が合鍵を見せびらかしてきた。


「ねぇ、"事務所"にいってこよう?」



「え、勝手に入っていいの?」

「いいんだよ、今、ママもおじさんもいないから」



そう言って、玲は隣の部屋を開けて入った。

部屋の中は、不思議なくらい玲の家と雰囲気の似た風景が広がっていた。



玲はまっすぐに寝室へ向かった。

同じマンション内なので、部屋の配置が逆なくらいで、構造はだいたい一緒である。



玲は迷わずに箪笥の二段目の引き出しを開けて、長方形の箱を取り出した。


「これ、なんだと思う?」

玲はいたずらっぽくニヤリと笑った。


「さあ…?」


なんだかはわからないが、玲の表情をみる限り、よくないものである事は察しがついた。


「男の人が、エッチするときにあそこにつけるやつだよ。」


そう言って、玲は箱の中身を取り出した。

中には、小さなパッケージに入った丸いゴムのようなものが透けて見えた。

玲は袋を破いた。


「えっ!ダメだよ勝手にあけたら!!!おじさんにバレちゃうよ!!??」


「いいんだよ、いつも、ここにいっぱい入ってるから。バレやしない。」


そう言うと玲は箱を持って玄関から出て行った。


「待って!!まずいよ!」



玲はパッケージを破き、事務所のドアの前に置いてある自転車の左右のハンドルに、それを装着させた。


「アッハハハ!!!!」


見たことがないくらい楽しそうに笑う玲につられて、僕も笑ってしまった。


その玲の行動が、笑いが、どんな意味を持っていたのかなんて、その時の僕には想像もできなかった。


—ただ、ゴムがついている自転車が面白くて、笑っている玲—


そして


—楽しそうに笑っている玲を見て楽しくなった僕—



そんな日常の一コマだと思っていた。




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気づいた頃には、隣のおじさんは引っ越していた。







なんで、どうして急にいなくなったかなんて知らない。





でも、僕たちがやったイタズラは、あの時感じていた罪悪感の、何倍も、何十倍も、下手をしたら何百倍も大変なことだったかもしれないと気づいたのは、僕がもっと大きくなってからであった。


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