残酷
ある日の午後、玲が突然家を訪ねてきた。
「すみません、うちの母が、この前お渡しした置物を返して欲しいって」
「はぁ。」
閉鎖的な我が家に突然の来客。
玲と遊ぶ時は決まって玲の家に行っていた。約束もなしに玲がうちにきたのは初めてだった。
母はびっくりしつつも玲を中に招き入れた。
どうやら、玲のママは、2つセットだった置物の1つを母に渡して、あとになってやはり惜しくなったらしく、玲にそれをもらってくるように告げたらしい。
「どうしても、返してもらってきてって、母が。」
そう懇願する玲に、母はテレビの上に飾っていた趣味でもない謎の置物を返した。
置物を持って玲が帰ったあと、母は僕に告げた。
「一度人にあげたものを、あとから返してっていうのはダメなのよ。」
「知ってるよ、そんなこと。」
なにもこれが初めてのことではない。
玲の母が、前にあげたあれはどうした、とかやっぱり返して、ということはそれまでも何度かあった。
変だと思ってるんだよね?
じゃあ、なんで言わないの?
僕の家は、玲のママがプレゼントしてくる【行き場のない置物】で埋め尽くされていく。
返してっていわれたら困るから、と、母はいつでも取り出せるようにそのたくさんのプレゼント達を丁寧に保管する。
次第に僕の家は玲のママの好きな紺色に染まっていった。
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ある日、玲と、玲のママと3人で食事に行った。
当時、世間は連日、猟奇的な殺人犯のニュースでもちきりだった。
僕もニュースで概要は知っていた。
今でこそサスペンスやホラーを好んで見ている僕だが、当時はまだ生や死のなんたるかを知らない、いたいけな子どもである。
具体的な犯行の手口のイメージなど沸くはずもない。
玲のママは、蕎麦屋の椅子に座るなり、その殺人事件のことの顛末を、こと細やかに僕に解説し始めた。
玲のママは、大きな丸い目をぎょろぎょろさせながら、まるで怪談を話すように、抑揚と強弱をつけ、時に小声で、時に大声で、それはそれは恐ろしい語り口で事件を語った。
—文字にするのも憚られるような、あまりにも悲惨な内容であるので、詳細は控えさせて頂くが—
その時の衝撃といったらなかった。
以後十年近く、僕は玲のママの話とその時の表情がトラウマになり、歩いている大人を皆恐ろしく感じるようになった。
結局、頼んだ料理に全く手をつけられなかった僕は、怖さと申し訳なさで店を出てすぐ泣きじゃくり、家に送り届けられた。
「なんだか、食欲がなかったみたいで。」
玲のママはいつもの豪快な喋り方でそう言った。
「玲のママがすごい怖い事件の話をしてきて、ごはん食べられなかった。」
僕は母に訴えたが、期待した反応は得られなかった。
母には、僕のことよりも、せっかくごちそうになった食事に手をつけなかったことの方が問題だったようだ。
その後数回、玲の家で僕は、世の中の残虐な事件の一部始終を何度も聞かされることになった。
玲のママは、写真の入った犯人の手記を手に取りながら、犯人はこうして、こうしてと、一から十まで僕にその手口を解説した。
僕が食欲をなくして蕎麦を食べれなくなったのを、この人は見ていたはずだ。
怖いと言った。
なのに、玲のママは何度も、何度も、僕にその話をした。
—じゃあ、行かなければいい—
そう思うかもしれない。
でも、9歳の僕には、母親達の意思を捻じ曲げる力などまるでなかったのだ。
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