第10話 コペルニクスのことを考えていた(1)

 ケント州、ダウンハウス。

「ホレス・ウォルポール、ロバート・アダム、ジョシュア・レノルズ、ジョゼフ・プリーストリ、ベンジャミン・フランクリン……!いやはや、陶工の枠に収まる交友関係ではないな!」

チャールズは感嘆の声を上げた。ノートや手紙の束から目を離し、瞼を揉む。


 ――母方の祖父、初代ジョサイアの業績をまとめるために、その曾孫世代が資料整理を進めており、残された書簡やノートの仕分けに彼らから助言を求められていた。

初代のジョサイアは傑物で、その関心は驚くほど広範囲に及んでいた。製陶業に直接関係しない資料についての判断は若い世代には難しいようだ。

陶磁器の素材や焼成の方法に工夫を凝らし、試行錯誤や実験を繰り返した、それらの記録はまだ理解しやすい。分野が違えど研究とはそういうものだ。

だが祖父はそれだけではなく、実業家として議会や貴族のお歴々と交渉し、運河の掘削と開通を推し進め、奴隷解放運動を支援し、工員の労働環境改善のために骨身を削ると同時に組合に譲らず闘い、事業と大家族を守り続けた。

学校は初等教育だけ、知識の大半が独学、若くして病で片足を失いながら。

絶えず他人とぶつかりながらも怖じず奮い立ち、その信念は揺るがなかった。

本当に大した男だ。


 奴隷の解放を訴えながら、同時期に各地の王侯貴顕に販路を広げて事業を成長させていたことに二律背反を感じないでもないが。

富は情を持たない。利益を生む同類だけを愛する。だから狭い船室に何十人も奴隷をぎゅう詰めにしてすることも平気だ。

七つの海を支配する海軍はその富で維持されてきた。その威光の下で自分は長期の調査を行えた。


 祖父に比べたら、教会や新聞から誹謗中傷を受け、学会の不協和音を被るといっても自分の人生は至って気楽なものだ。守るべき対象は家族だけで、事業や従業員は持たず、利益を上げ続ける必要もなく暮らしていける。

攻撃されると言っても、言葉の上だけのことだ。宗教裁判にこの身を引き出されるわけではない。ありがたい時代になったものだ。

散らばった書類を机の上でまとめ、揃え直す。大儀な動作で寝台に横になり、目を閉じた。


 50代に入ってから健康が一層衰え、外出も稀になり、日々の大半を自宅とその庭で過ごすようになった。

世界周航で病を拾い、知らず知らず体を蝕まれていたようだ。かつて幾つもの大陸を渡り歩いた頑健な青年が今はもう見る影もない。寝具にくるまった状態で苦笑する。

……妻はこの気難しい病人を長年に渡り甲斐甲斐しく世話し、子供たちを育ててくれる。

世捨人をすごい学者だと尊敬してくれる、得難い女性だ。

夫の本、理論が、どうしてこれほど議論の的になるのか、何が革新的なのか。

理解しようと夢にも思わないからといって、文句を言ったら罰が下る。

ましてや、寂しいなどと……






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