21.竜の騎士

 ──ジーク……この冒険者の男は走っていた。リーベから続く、緑色の草原を。古代村を出てきた彼を出迎えるようにして出てきた──“光”の下で。

 去り際に、マーリンから伝えられた“ある場所”。彼女の話によれば──そこに“ティアマト”が居るらしい。


 今の冒険者にとって、それが唯一の手がかりであり、希望だ。


「……っ」


 走りながら──男は今までのことを頭の中で整理していた。竜の力。マーリンから言われた“それ”は、既に自分の中に存在していた。

 だが──いつ、その力が宿ったのかは、彼自身にも定かでは無い。しかし──確かなことは一つある。


 竜の力を持ちながら……ティアマトに敗北した、その原因。ジークは分かっていた。自身に足りないのは──“覚悟”である、ということを。

 竜と共に──“運命さだめ”を生きる。それは、並大抵のことではない。強大な力を持つ人外生物と歩んでゆくのならば、時に難しい選択を迫られることもあるだろう。


「……待ってろよ、ティアマト」


 ジークは、ティアマトがなぜ自分と刃を交えたのか──この時ようやく分かった。それは……ジークの“力”を見るためでなければ……“能力”を見るためでもない。


 それはただ──“竜”と共に並ぶ者としての──“覚悟”だったのだ、と。



「──随分と遅い到着ですこと」


 リーベとヴァリア王国の、ちょうど中間にある……廃墟。ジークは辿り着いた。複雑な道を通り、通常ではとても見つけられないであろう……この場所へ。

 大昔に使われていた砦だったのか……崩れた石造りの意匠からでも、それを読み取ることができる。


 そして──崩れた廃墟の上に座り──ジークを見下ろす影が一つ。冒険者はその顔を忘れもしないだろう。


「……ティアマト」

「ごきげんよう、人間」

「……」


 彼女は、変わらない。当然のことではあるが……全くもって、変わっていない。動作も、表情も、ジークを見つめる……冷たい目も。

 言葉でこそ普通のやり取りのようにも見えるが……実際は違う。


「……俺が来ること、分かってたのか?」


 ジークは……剣の鞘に手を置いて、ティアマトへ疑問を投げかけた。確かに、古代村の村長……“マーリン”の情報は正しかったが……それにしても、だ。

 タイミングがあまりにも良すぎる……というのは、この男も感じていたことだった。


「いいえ? “彼女”にも困ったものですが……まぁ、良いですよ。それで──私に負けた人間が、一体何の用でしょう」


 突き放すようなティアマトの言葉。相手に剣を抜かすことすら許さない気迫。これが──“ドラゴン”の力。しかし、冒険者も怖じ気づいてはいられない。

 彼は心に──“バハムート”との思い出を浮かべて気を保つ。そして──剣を抜いた。


「あんたを、倒しに来た」


 冒険者の手は、以前と違い、しっかりと剣の柄を握っている。体の震えも無い。“竜と対峙する”という覚悟が、男を強くする。男に、力を与える。

 そんなジークを……ティアマトは鼻で笑う。一度負けている相手に、何ができるのか。そう考える彼女は──。


「──ッ!」


 目を見開いて──一瞬にしてその姿を消す。そして──続く、キンッ、という金属音。


「……なっ」


 驚くティアマトの声。それは、無理の無いことだった。かつて自分の剣が、首まで届いた相手。言ってしまえば、格下の相手。

 そんな“敵”が──。


「派手なご挨拶だな……っ」


 ティアマトが、男の喉元へとめがけて放った剣は……止められた。それは他ならぬ──ジークの“剣”によって。

 突然のことに驚いたのかは定かでは無いが、ティアマトはその場から飛び退いて、後方へと退き冒険者と距離を取る。


「……何をしたのです? ……貴様」

「何もしてねぇよ。ただ、向きあっただけだ。ずっと見ないようにしていた、大切なことにな」


 男は剣を──ティアマトへと構える。


「“竜と並び立つ”、その覚悟に」


 ジークの目は、いつもと違い……真剣な眼差しだった。それこそ、彼が今まで生きてきた中で、一度もしたことの無いような──表情。


「……マーリンから聞いたのですか。“竜の騎士”の話を」

「あぁ。お前が言っていたことも、何となく分かった」

「……そうですか。ならばもはや──言葉は不要」


 ティアマトは──ジークの正面、少し離れた場所に姿を再び現し、“剣”を構える。自分の言葉を冒険者は理解した。その真意も。

 ならば、やることはひとつ。


「その“覚悟”とやら──見せてみなさいッ!」

「──ッ!」


 互いに剣を構える。まさに、一触即発。互いに、一歩でも動けば剣が抜かれる、一騎打ちの状況。

 勝負はおそらく……一瞬で決まる。決して外すことのできない一撃。


 廃墟に風が吹き付け──手のひら大の瓦礫が地面に落ちる。そして──。


「──」


 風がなびく。この場に居る、人間と竜の動作によって。ジークの体は──軽い。いつもよりも、数段。力もそうだ。

 冒険者が初めて見せた、“自分の望み”。その結果は──。


「……」


 両者、互いに沈黙している。日は沈み、影のみが動く。ゆっくりと、静かに──。


「……見事、です」


 ティアマトの足下に、土埃が舞った。ジークは未だ──立っている。その腕から、血を流しながら。


「……はぁッ……はぁッ」


 高ぶる体を、少しずつ、落ち着かせてゆく。身体の持つ熱が、少しずつ冷めていく。それと呼応するようにして、ジークの上がっていた息も戻りつつあった。


「これが……人間の力だ……ってな」


 戦闘が終わったかと思うと──男の体は、糸が切れたように、その場に倒れ込んだ。そして──そこに駆け寄る、もう一人の“竜”の姿も。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る