20.竜を識るもの

 バハムートを失い……失意の中“古代村”を訪れたジーク。彼は村長を頼り、話をする中で……彼女が“竜”と関わりを持つ者だということを知る。

 そして……それが、“竜娘”を探す手がかりになるという希望を、男は胸に抱いていた。



「まだ名前を言っていませんでしたね。私は……“マーリン”と言います」

「あ、あぁ。俺はジーク……ってこっちは言ってるんだったか」

「はい。それで……聞きたいことというのは、“ティアマト”様について、でしょうか」


 ティアマト。彼女は、ジークにとって苦い思い出だ。冒険者の力を試し、“バハムートの傍に居る資格が無い”とした張本人。

 ドラゴン少女を連れ出したのも、おそらく彼女だろう。


「ティアマト様は、この村の守り神なのです」

「……そりゃ、大層な話だ」

「ふふっ。まぁ、受け入れづらいのは分かります。ですがここは……“竜”を信仰する村。国王を抱えるヴァリアで、あまりおおっぴらには言いづらいでしょう?」


 と。ジークは、今の村長の言葉と、初めて古代村を訪れた際の村民の態度が“繋がっている”と感じた。

 ヴァリアは寛容な国だが……それでも異教に対してはあまり易しくは無い。部外者に対して警戒するのも、当然の話ではある。


「それで……守り神、ってのは?」

「この村で崇められているのが“七竜”の一人、ティアマト様なのです」

「……待ってくれ。“七竜”だって? 竜娘みたいなヤツが七人も居るのか?」


 村長──マーリンはそれを否定すること無く、首を縦に振る。


「“ドラゴン・シスター”。彼女たちは七姉妹です。なぜ七人なのかは……私にも分かりかねますが」

「……そうか」


 気になるところではあるものの……男にとって今重要なのはそれではない。


「……“竜にふさわしい力”について、何かしっていることは?」

「……それは……いや、なるほど」


 ジークの言葉を聞いて、どこか納得したような素振りを見せるマーリン。男が首をかしげていると、問いの内容を見透かしたかのように、村の長は口を開く。


「ティアマト様に、試されたのですね?」

「……あぁ。結果は……見ての通りだ」

「……あの方も、酷いことをなさる」


 どこか遠い目をして宙を見るマーリン。しばしの間沈黙が続いたあと……まっすぐに男を見て、村長は続ける。


「勝ちたいのですか。あのお方に」


 それはどこか──核心を突く問い。ジークが“何をしたいのか”を問われる瞬間だった。今まで、その場限りで生きてきて、バハムートと出会ってからも、少女について行くだけだった、冒険者。


 彼は確かに、竜娘の提示する謎に誘われた。だが、それを自分から探そうとしたわけではない。

 いつも、ジークの動機は、”自分が何をやりたいか”ではなく、“周りに居る人間が何を望んでいるか”によって決まっていた。


 そんな男が、問われる。本当に──“ティアマトに勝ちたい”のか。つまり──もう一度、“竜娘”に会いたいのか、と。


「俺は……」


 だが……ジークの中には、既に答えはある。バハムートは、彼の生きる世界を変えた。今までモノクロだった彼の世界に、色を与えた。

 竜娘の存在は……いつしか、彼の中で大きくなっていた。失ったことを、悔やむほどに。



「……俺は勝ちたい。ティアマトに勝ってもう一度……アイツに、竜娘に会いたいんだ」

「……ふふっ。分かりましたよ。あなたの“想い”が。……手を、こちらに」


 言われるがまま、ジークは開いた手をマーリンへ差し出す。彼女の隣へ座ることで。


「かつて、竜の傍らには“騎士”が居ました。彼女たちと運命さだめを共に生き、“竜”という世界を守る守護者たる存在が」

「……」

「……あなたに、問います。──ここから先へ行けば、もう“人”には戻れない。姿形は同じでも、中にある者が根本的に違う。そんな存在になってしまう」


 マーリンの言っていることは、ジークにとって理解できない部分もある。守護者に、竜の騎士に……。

 だが“人には戻れない”という文言は、男にも分かる。今までは眺めるだけだった“竜”の世界に、その身をもって飛び込むことになる。

 

 代償も大きい。体は変質し、容姿は変わらないまでも、中身は大きく変わる。普通の人間にとって、あまりに大きすぎる代償だった。ただ、少女に会うだけだというのに。

 ──そう。少女に会う。それがジークの目的だ。


「……もう、決まってる。俺がどうするべきか、なんて」


 バハムートと居る間──ジークは感じていた。謎だとか何とかでは無く……単純に、“楽しい”と。

 そうだ。少女と過ごす時間は──ジークにとって、味わったことの無い楽しい時間だった。


 少女は、ジークの世界に色を与えた。彼は……まだ、その恩を返せていない。ならば──彼のやることは、ひとつ。


「どんな代償を払っても……もう一度俺は、あいつに会いたい」


 その言葉を聞いたマーリンは、一瞬だけ微笑んだあと──。


「──っ」


 その表情を見た冒険者の視界は、瞬時にブラックアウトした。



「……?」


 男は、寝具の上で目を覚ます。朦朧とした意識をなんとか動かし──。


「っ!」


 意識を失う直前──マーリンとの会話を思い出して、自分の体を触る。触りまくる。だが……特にこれといった変化は無い。

 何か角が生えるとか、尻尾が生えるとか、そういった身体的な変化は起こっていないようだった。


 肌もそのまま。息苦しさもない。ジークの体は、至って健康な状態だ。


「おや、お目覚めですか」

「……俺は、一体」


 マーリンは、彼の眠るベッドの上に座る。


「……あなたにかけられていた“術”と、私の技が干渉したのです。……まさか、とは思いましたが」

「それは……どういう」


 そこまで言って──冒険者は、自分の体に起きたある変化に気づいた。手の甲に……不思議な紋様が浮かんでいる。


「これは?」

「それは、“眷属”の証というもの。竜に認められた者が、運命を共にする証です。そしてその意匠は……バハムート様のもの」


 術。バハムートのかけた術に……男は心当たりがある。人食い竜と戦う前にかけられた例のおまじないのようなもの。

 そして──ジークすら知らない、彼がアリアに斬られた際に行った──“バハムート”との契り。


「どうやらあなたは、既に彼女と……“縁”という線でつながれているようですね」

「……縁」


 柔らかな表情で笑うマーリン。ふと外を見た彼女は、あることに気がつく。


「おや……雨が止んだようです」


 その言葉通りに──ヴァリア大陸を覆っていた鼠色の空は、いつの間にか青色が一面に広がる光景へと戻っていた。

 ジークは起き上がり、机の上に置かれていた自分の装備を、再び身につける。その手には……不思議と、いつも以上に力が入る。


「マーリン。いや……マーリンさん」

「ふふっ。何です?」


 ──ジークは、ドアの前へと歩みを進め……マリーンの方へ振り返って、口を開いた。


「──ありがとう」


 男は、見送られながら外へ行く。その胸に──希望を抱いて。再び、竜娘を会うために。その足取りは軽く、体も以前のように重くは無い。

 ジークはゆく。“再開”のため──“ティアマト”の座す場所へと。

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