22.再会

「……う」


 かすれたうめき声をあげるのは、冒険者ジーク。脳が“起床”していくうちに、徐々に体の感覚も戻ってきたようで、彼は自分がどこかに寝かされていることを理解した。

 体の上に感じるかすかな重さ。包み込まれるようなぬくもり。


「……ここは」


 男は、その重い体をなんとか動かし、上半身を起こした。視界も少しずつ鮮明になっていき……ジークは見覚えのある場所に居ることに気がつく。

 部屋の雰囲気や家具の配置から……ここがリーベの宿屋の一室であることが分かったようだ……と。


 男はふと、自分の足に何かが乗っていることに気がついた。どうやらそれは、人間の頭のようで……一切動く様子は無い。いや、むしろ。


「……ったく」


 かすかに聞こえる“寝息”を聞くに……少女──バハムートは、ジークの足下の上に突っ伏して寝ているようだ。

 その様子は以前と変わりないものの、少女の目の辺りは、どこか赤みがかかっている。


「──起きたのですね」


 ──声。ジークにとって、忘れがたい声。──ティアマトが、部屋の中に入ってきていた。


「……あぁ。ここは……リーベか?」

「えぇ。わたくしも、あなたも、姉様に運ばれたようです」


 そう言う“二匹目の竜”の体には、包帯が巻かれている箇所が複数あった。しかし、彼らの知り合いに医療に長けた者は居なかったし、当然バハムートもそうだ……と。


「──ティアさん! まだ横になっていてもらわないと困りま……」


 ティアマトの後ろから、慌ただしそうに入ってくる人影がひとつ。それは、ジークも見知った顔だった。


「あんたは……マルシェじゃないか」

「どうも、ジークさん。あなたも、まだ寝ていてくださいよ」

「……医者なのか?」


 そのジークの問いに、商人──マルシェははぐらかしながらも答えた。


「……商売上、色々と知識をね。……ほら、戻りますよ」


 そんなやり取りの後……“ティア”と呼ばれていたドラゴン、ティアマトは、半ば無理矢理マルシェに連れられて他の部屋へ戻っていく。

 ジークは頬をかいて……ようやくここに運ばれるまでのことを思い出した。


 ティアマトとの一騎打ち。全ての力と気力を振り絞ったあの戦いで、ジークは勝利したものの、意識を失って倒れた。

 さきほどのティアマトも、冷たい態度なのはそうだが、以前のように“殺気”のこもったような態度ではない。


「……バハムート」


 ジークがそう言った瞬間……彼の足下で眠る少女が一瞬だけ体を震わせた。男はため息を吐いて続ける。


「その……なんだ。……意外と軽いな、お前──」


 何を言うべきか、何から言うべきか迷っていた男が、言葉に迷って切り出した話題。それに少女は──殴りで答えた。


「い、痛ぇっ!」

「……ふん。女子おなごに体重の話をするやつがあるか」

「か、軽いって言っただろうが……」

「それとこれとは別じゃ」


 ジークの足に一発食らわせた少女は、その場で立ち上がって腕を組んだ。その姿勢のまま、冒険者の方を向く。


「……無理しおって」


 少女の視線の先にあるのは、ジークの腕や頭に巻かれた包帯。血が滲んだのか、少しだけ赤色になっている。

 そんなバハムートの表情は……どこか悲しげで。


「……妾をあまり、心配させるでない」


 少女は、ジークの手を取ってそう言う。


「……あぁ」


 ……冒険者にとって、バハムートに聞きたいことは山ほどある。“竜の姉妹ドラゴン・シスター”としてのティアマトとの関係や、古代村で聞いた“竜の騎士”の情報。そして……自身の体に施された、バハムートの術。


 だが、今は。今この瞬間だけは──ジークもそれを忘れることにした。男は少女の瞳をまっすぐ見つめ──。


「ただいま……バハムート」


 少女の“名前”を口にしたのだった。



「……で。なんでお前も付いてくるんだよ」


 時は過ぎ──後日。ジークの体もすっかり回復し、マルシェの技術やドラゴン少女の看病のかいもあって、男は以前と変わらないほどに元気を取り戻していた。

 とはいえ──ここにずっと留まっているわけにもいかない。結局、ここに来た当初の目的である“姉妹”とは会えたものの、それは偶然的な出会いであった。


 冒険者がリーベで仕入れた限りの情報では……“姉妹”に関連しそうなものは無かったのだ。で、あるならば──別の場所へと向かう必要がある。

 いつまでも、リーベに居るわけにもいかない、というわけ……なのだが。


「なんです? 何か文句でも?」


 そんな……港湾都市を離れようとするジークとバハムートに……絡む影があった。


「わたくしは姉様に付いていくのです。あなたではありません」

「……もう勝手にしてくれ」

「妾は歓迎するぞ? 賑やかな方が面白いじゃろう?」


 そう言うバハムートだったが……ジークが沈んでいるのは変わらない。彼は持っているだけの“クル”が入っている袋を握りしめた。


「……人数も出費も増加ってか? ……あぁ、袋が軽くなっていく」

「何じゃ? そんなことを気にしておるのか

「そんなこと? クルがなきゃ何もできないだろ……って。おい。まさかとは思うが」


 そう言うと……ドラゴン少女は“ティア”の手を取り……自信ありげに腰に手を当ててみせた。


「妾たちに任せるがよい。クル稼ぎなんぞすぐじゃ、すぐ!」

「……えぇ、姉様。わたくし達の力があればできないことなどありません。“姉様”の、為にですが」


 リーベの出入り口の隅で、そんなやり取りをする三人。竜達は何やら盛り上がっているようだが……ジークはそれを冷めた目で見ている。


「お前ら、そもそもギルドに入ってないだろ」

「……な、なんとかなるじゃろ! ……多分」

「はい。姉様に不可能はありません」


 ……ジークは頭を抱える。ティアマトも、勝負の際に見せた“アレ”はどこ吹く風。もはやバハムートのやること全てを肯定するシスコンドラゴンと成り果てている。

 ギルドで稼ぐと言っても、加入するには条件があり、試験だってある。今日明日どうこうなるものでもない、というのが実情だ。


 と。そんなチグハグ三人組の横を……慌てた様子の騎士が通っていく。門の近くに居る衛兵の元へ行った騎士は……。


「伝令だ。魔物が──ここへ向かってるらしい」


 たまたま、その近くに居た三人の耳に、そんな言葉が入ってくる。リーベへ迫る魔物の存在。だが、それ以上に──。


「そいつらを率いてるのは──アーサー様曰く“アリア”という話だ」


 ──ジークは静かに拳を握る。アリア。一つの村を焼き払った、おぞましい人型の魔物が、リーベに迫っている。

 ともすれば──ここにも火が放たれるかもしれない。冒険者の出した答えは、ひとつだった。


「迎え撃とう。聞いてしまった以上……見過ごせない」

「……うむ」


 ジークとバハムートの脳内には……フォル村の光景が蘇る。火が放たれ、死ぬ人々。我が物顔で蹂躙する魔物の姿。決して悲劇を繰り返しては成らない──それがこの二人の共通意見だった。

 そしてそれは意外にも──。


「魔物を倒す、ということなら手を貸しますわよ? 人間」


 ティアマトは、冒険者へ手を差し出す。


「人間じゃない。……“ジーク”だ」


 ジークは、ティアマトの手を交わした。冒険者は、恐怖と同時に、自信を胸の中に抱く。“竜と共に歩む者”としての覚悟を持った男は──ついに本格的に魔物と刃を交えようとしていた。

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