【11/02】同棲生活の始まり

 治安維持局の給料はそこそこに高い。

 だがしかし男一人暮らすにはそこら辺のアパートで十分だ。

 特にこだわりがなければ格安の、という条件もつく。


 故に俺の住んでいるアパートは古臭く、シャワールームにキッチン、それにリビングがついているだけの一人部屋と言ってよく、とてもじゃないが二人──。

 それも男女が住むような作りではなかった。


「ふんっ、ずいぶんオンボロの部屋に住んでいるものだねぇ。僕を捨ててまで治安維持局に入ったんだ。さぞかし稼いでいるのだろう? もっといい部屋に住みたまえよ」

「人聞きが悪いな。独り立ちと言え。それに俺はまだおまえを師匠と認めたわけじゃない」

「はぁ? 僕だって独り立ちなんて認めてないぞ! 君なんかまだまだ半人前なんだからな!?」


 やれやれ……小うるさいのと同棲する羽目になってしまった。

 管理人に文句を言われる前に別のアパートを探す必要がある。

 二人が住んでも問題ない大きさのやつをだ。


「とりあえず俺はソファで寝る。そこのベッドを使ってくれ」

「おいおい、まさかうら若き少女に男臭いベッドを使えと言うんじゃないだろうね? まぁいいだろう。妥協しよう。他に選択肢もないことだしね?」

「おまえ、師匠ので行くのか、少女ガキで行くのかどっちだよ!?」

「ふふ、からかってみただけさ」


 はぁ、と深くため息をついてテーブルに捜査資料を広げる。

 師匠(真)を殺した事件……世間一般にはと呼ばれている事件だ。

 ひとまずインスタントコーヒーを器具で入れようとしている間に、師匠(仮)が資料を覗く。


「おいおいショッキングな死体写真も入ってるぞ」

「全然問題ない。というか子供扱いはやめたまえ」


 パラパラと師匠(仮)が資料をめくる。

 やがて、を見つけたようだ。


「……おやおや、頭が風船のように弾けているね」

「ああ、おまえ……じゃない。師匠(真)の死体もそうなっていた」


 術師狩りの仕業と思わしき事件の特徴は二つ。


 ①被害者が名のしれた錬金術師であること。

 ②頭部並びに四肢や胴体が割れた風船のように弾けていること。


 この二つである。


「それだと僕の顔は判別できなかったわけだ。どうして死体が僕だと断定したのかな?」

「簡単だ。師匠(真)の家で師匠(真)らしき老人の死体があった。それだけだ。顔以外は無事だったからな」

「おいおい、顔を破壊しての入れ替えトリックはミステリーの常套手段だろう?」

「最新の錬金術調査を馬鹿にしているのか? 指紋や血液からだって判別できるんだぞ。顔だけ潰して入れ替えるなんて子供だましは通じない」


 そう、アレは確実に師匠(真)の死体だったはずなのだ。

 なればこそ、眼の前の少女の正体がわからない。

 師匠(真)の肉体は確実に死んでいる。であれば不死とはどういう意味なのか。


 ……とりあえず(仮)だの(真)だの面倒くさいので、名前をつけるか。


「おい、おまえ。なんて呼ばれたい?」

「ひどい言い草だなぁ? 当然ながら師匠に決まっているだろう、我が弟子」

「悪いがそう呼ぶ気はない。かと言って師匠の名を呼び捨てするのも気が引ける。呼び名ぐらいお前に決めさせてやる」

「ふむ、それじゃあエリィと呼びたまえ。君もそれならば気が引けなかろう?」


 そう言ってウィンクする師匠(仮)ことエリィ。

 だから師匠ので行きたいのか、少女ガキで行きたいのかどっちなんだ。


「で、おまえの目的だけど……この術師狩りを捕まえる、でいいんだよな?」

「ああ、それが僕を殺した犯人であるのならばね。こうして生きているのならばまた狙われないとも限らないわけだし」

「それはたしかに……いや、その心配はない」


 何処かから情報が漏れてない限り、師匠(真)はたしかに死んだ扱いなのだからエリィが狙われる心配はないのだが。あるとしたらどちらかというと、三賢人の弟子である俺の方だろう。


「わざわざ死人を狙うぐらいなら別のターゲットを狙うはずだぞ」

「ふぅむ、しかし僕はもしなければいけないわけだし、ねぇ?」


 つまり奇妙なことだが、も兼ねているということか。

 どちらにせよ、俺には拒否権などない。これは仕事なのだし──。

 師匠(真)の仇討ちという点は俺の動機とも一致する。


 師匠がぶち殺されて、俺だって平穏でいられるわけがない。


「術師狩りを追うのは俺も賛成だ。とはいえ、今のところ手がかりが少なすぎてな……」

「ふむ、奇妙なことを言うようだが、僕を囮に使ってはどうかな?」

「どうしろと? エルリオ・グルゴドレンが生きてると広く喧伝するのか?」

「いやいや、掲示板があるだろう? それを使わせてもらう」

「俺に情報漏洩しろと? 責任問題になる」

「ならない掲示板があるのさ。それにもし釣れれば──」


 エリィがにやりと微笑む。


「ずいぶん犯人の特定がしやすくなる」

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