【11/02】ひさしぶり、そしてはじめまして

「お待ちしてましたよ、スミス一級捜査官」

「タメ口でいいッスよ、局長」

「いえ、そちらこそタメ口でお願いします。私の方が年下ですので!」

「へいへい……」


 休日だというのにはるばる治安維持局まで呼ばれたわけだが、わざわざ局長が出向いてくるのだから文句は言えない。彼女はライラ・フォン・バッシュデルネン。この公国を支配する四大公の一家──その娘である。齢十九歳にして治安維持局を任されているのは親の権力・ザ・権力だ。

 

 もっとも普段から誰に対しても礼儀正しい彼女を嫌がるものはいない。

 使われている、というよりも、使われてやろう、という気分にさせてくれる。

 そんなよく出来た娘さんなんである。


「それでなんでわざわざ俺を? 一級捜査官なら他にもいるでしょう。非番じゃないのが」

「ずばり、あなたの知人が拘留されているからです。スミス一級捜査官」

「俺の知人が?」


 牢屋の格子が立ち並ぶ廊下を歩いていく。

 先導するライラ局長の金髪は、まるで馬の尻尾のように揺れている。

 ポニーテールという髪型だっけな。


 そういえば自慢の茶髪を整え忘れたな。

 俺はそう思いながら、自分のボサボサ頭を掻いた。


「寝不足ですか? スミス一級捜査官」

「スミスでいいすよ」

「ではスミスさん!」

「お元気なこって。そうすね。昨日は深夜遅くまで撮り溜めてたドラマを見てましたから」

「へぇ、何を普段見てらっしゃるんですか?」

「最近は……ボーンオブザデッドかな。今、シーズン3なんすよ」

「ああ! 面白いですよね、アレ! 特に主役の方がイケメンで……!」


 話が盛り上がるにつれて先導していたのが、隣にやってくるライラ局長。その豊満な体躯に似合わず、きゃぴきゃぴと身振り手振りで喜びを表現するさまはなんとも子供っぽい。

 もちろん普段はこんな不躾じゃない。意図的にスイッチをオン/オフしているようだ。

 これも彼女の処世術ということか。油断したら気を許してしまいそうになる。

 

「さて、そろそろですかい?」

「ええ、こちらになります!」


 ライラ局長がそう言うと、厳重そうな機械仕掛けの扉が開かれた。

 その先は、どこぞの洋館の一室のようになっていた。


 そこそこに高級そうな家具、テーブルに置かれたティーセット、安楽椅子に座るのは……。

 いや、誰だ。俺はこんな少女は知らない。


 肩ほどまでに切りそろえられた銀髪、ルビーのように赤い瞳。

 フリルの付いた白いシャツにスカート。

 さながらおとぎ話のお姫様か、あるいは魔女といった佇まいだ。


「あの……どちらさんで?」

「やぁ、我が弟子。壮健なようでなによりだ。ああ、キョトンとしているね。驚くのも無理はない。なにせこの風貌で会ったのは今日が初めてなのだから!」


 そう言って少女は俺に抱きついてきた。

 首に両腕を回し、半分飛びついてくる形だ。

 息苦しいのを少々我慢しつつも、俺は彼女の腰を掴んで引き離した。


「いや、俺の師匠はエルリオ・グルゴドレンただひとりで……嬢ちゃんなんて知らねぇよ!」

「相変わらずにぶいね、我が弟子ならば、風貌の変化など些細なことと覚えておきたまえ」

「…………あ~~~、え~~~っとつまり…………」


 信じたくはないが

 我が師匠ならば、見覚えのない少女にその姿を変えることぐらいは。


「そう、僕が三賢人が一人、錬金術師の王、エルリオ・グルゴドレンその人、というわけさ」


 しかし、しかしだ。

 

 じゃあ師匠を名乗るこの銀髪の女はいったいなんなんだ?


「なるほど。おまえが師匠なら、俺の初恋相手を知っているはずだ」

「近所のパン屋の店員だったね。実に懐かしいよ。あれは君が七歳の頃、毎日足繁くパン屋に通って! 僕にパンの代金をねだりに来たものだ! ああ、ちなみに一番好きなパンはソーセージパンだったかな? 僕にはいつもメロンパンばかり渡してくれたね。アレはまぁ、嫌いじゃないのだが、僕は焼き立てが好きなんだ」

「…………………………」


 師匠ぐらいしか知らなそうなエピソードだった。

 聞き出そうと思ったって聞き出せるものじゃない。

 俺が狼狽えたところで、背後に下がっていたライラ局長がぴょこりと俺の視界に顔を出した。


「どうでしょう? この他にも三百ものグルゴドレン氏しか知り得ない研究成果や情報を語ってくれました。本人か……はともかく、かの人物が死亡した事件に深く関わる存在であることは間違いないと言えるでしょう」

「…………つまり?」


 この師匠(仮)は師匠(真)そのもの、あるいは深い関係性を持っている。

 それは間違いないということだが……。

 治安維持局にとって、そんな彼女がどう必要なのかが問題だ。


「彼女が語るには【不死の霊薬エリクサー】を使って、このような姿になったと言っております。もしそんなものが作り出せるのであれば、ぜひとも製法を聞き出したいところですが」

「流石にそれは秘匿すると言っただろう? もっとも君たちが協力するのであれば、公開するのもやぶさかではないけれどね」

「…………とのことです」


 【不死の霊薬エリクサー】。要するに字面通りの一品ってことだ。

 伝説上は存在すると言われているが……お目にかかったことは一度としてない。

 それは師匠も同じ、だと思っていたが。製法を編み出したのか?

 もしそうであれば、ライラ局長としてはぜひとも聞き出したいだろう。

 いや局長だけじゃない。あらゆるおえらいさんが、だ。


「協力ってのは何に?」


 俺がそう聞くと、師匠(仮)はニヤリと微笑んだ。

 その表情はかつて師匠(真)が悪巧みを考えたときのそれとほぼ同一だ。

 違うのは、老人のそれではなく──可愛らしい少女の顔ということだが。


「もちろん、このおいぼれを殺した犯人探しへの協力だよ、我が弟子」

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