第26話 冷たい態度が好きなの

 万理華の先導され、へレイ達は旧木更津市街地を抜け海岸線の近くを進んでいた。破壊された車や壊れた家が並ぶ静かで不気味な光景が続く。レインデビルズの襲撃もあったが、一行は難なく退けていた。

 道路の先に川が見えその先にコンクリートの壁た川に沿って築かれている。ツマサキ市と比べて壁は半分程度の高さで、定期的に監視塔が置かれている。壁の向こう側が、ネーブルタウンだ。現在の富津市付近の一部の突き出た半島を利用し築かれた町で、ここには特別な事情で町に住めない人間が暮らしていた。

 橋を渡ったレイ達に巨大な金属の門が迎える。先導する万理華が立ち止まり、すぐ後ろを行く大神に止まるように合図を送った。彼女は前を向いて扉に向かって手を振る。


「うちだよー! 開けてー」


 巨大な金属の扉がゆっくりと上にせりあがって開く。レイ達は万理華に続いて門をくぐるのだった。

 壁の向こうは住宅や商店がならぶ町となっていた。万理華の先導でレイ達は町の通りを進む。町の中ほどで通りを左手に曲がり道なりに進むと基地が見えて来た。基地は半島の付け根に作られた埋め立て地、かつては企業の工場などが並んでいた場所に建てられていた。

 基地の通り過ぎる門の前に親子が居てレイたち一行を眺めていた。基地の中にあるガレージに万理華はレイ達を案内する。


「ここは自由に使っていいからね。じゃあパワードスーツを脱いでくるからガレージ前で待ってて」


 そういうと万理華は隣のガレージへと歩いていった。レイ達はガレージの中でパワードスーツを外すのだった。レイ、甘菜、未結、ヤマさん、大神、杏がガレージの前に集まると、すぐに隣のガレージから万理華が駆けて来た。


「トラックとパワードスーツにエーテル燃料を補給して…… 後は装甲のチェックと銃弾かな……」


 杏が駆けて来た万理華に補給の要求を告げる。万理華は杏の話を真剣な表情で聞いていた。


「いいよぉ。やっとくよぉ。今から作業すると日が傾くね。今日はここに泊っていくっしょ?」

「えっ!? でも早く町に行かないと……」


 いち早くツマサキ市へと戻りたい杏は、万理華の提案に躊躇する。すると大神が彼女の横に来て声をかける。


「山神博士。夜の移動は危険ですよ。ここは有栖川の言葉に甘えましょう」

「うーん。わかった。大神さんの言うことを聞くわ」

「ありがとうございます。あと……」


 優しく笑って大神は杏に礼を言い、万理華に顔を向け口を開く。


「僕の部下はトラックの護衛についているから彼らの食事はここへ持って来てくれ」

「わかったよ。でも、うちのルールは守ってもらうからね」

「あぁ。わかってる。なるべく大きな音は出さないようにするよ」


 万理華は大神の言葉に親指と人差し指で丸と作ってうなずく。


「じゃあうちについて来て中で茶でも飲もー!」

「隊長! お帰りー」


 基地の建物を指した万理華に、さきほど門の前に立って居た少女が駆け寄って声をかけた。彼女はリードを持ち小さな茶色の犬を連れていた。少女の五メートルほど後ろには母親らしき女性が立って居て万理華に頭を下げる。


「ただいまー。散歩してるん?」

「うん! さっき隊長を見かけたからココナッツを見せに来たんだよ」

「わぁ。ありがとう」


 少女は体を斜めにして、足元にいる犬を万理華からよく見えるようにした。礼を言いしゃがんだ万理華が、手を伸ばして犬を撫でようとした……


「がるるるるるーーーーーーーーーー!!!」

「あっ!? こら! ごめんなさい。隊長」

「うっ…… いいよ。いいよ。じゃあうちまだ仕事中だからママさんとこ戻りな」

「わかったー」


 少女は唸る犬を抱きかかえてその場から去って行った。万理華はしゃがんだまま少女に手を振るのだった。甘菜は少女が持っていた犬をうらやましそうに見ていた。


「いいなぁ。お犬さん…… かわいかったねぇ」

「あぁ。犬はかわいいけど…… 大丈夫かな?」


 心配そうにレイが何かを見つめている。彼の視線の先には少女を見送り、しょんぼりとうつむいている万理華の背中が見える。


「なんで…… うちはいつも…… はぁ……」

「おい。有栖川! 早く中を案内してくれ」

「大神っち…… プクー。わかったよ。行けばいいんでしょ!」


 頬を膨らませた万理華は立ち上がり、基地の建物を指し先導する。レイ達はネーブルタウンの基地へと向かうのだった。万理華はレイたちを連れて白の四角い建物へと入る。階段から二階に上がり廊下を進むレイたち。


「見て! お犬さんだ。たくさんいるよ」


 廊下を歩く甘菜が窓の外を見て指を指し隣に居るレイに向かって声をかける。彼女が指した基地の中央に柵に囲まれた芝生があり、そこには無数の犬が走り回っている姿が見える。レイはそれを見て驚いた様子でぶつやく。


「ドッグラン…… ついに作ったんですか?」

「えへへ。当たり前っしょ! やっぱり犬は自由に駆け回ってなきゃねぇ」


 振り向いてレイに向かってウィンクして笑う万理華だった。彼女はすぐに視線をドッグランに向け目を細め愛おしそうに走り回る犬たちを見つめていた。


「今でも壁の外の犬猫を保護して回ってるのか……」

「当たり前っしょ。この町は犬猫を保護する町だしぃ!」


 ニコッと笑ってブイサインを大神に向ける万理華だった。

 もともとネーブルタウンは、避難民が持ち込んだペットを預かる場所だった。避難民たちはここにペットを預け南の

しかし、避難民は一緒に避難してきたペットと離れることを拒む。この避難民たちの行動はライザー財閥の狙い通りだった。彼らは北から襲来する、レインデビルズを引き付けるために、避難民とペットにネーブルタウンで暮らすことを許可したのだった。以後、ネーブルタウンは動物と暮らせる日本で最後の町となった。

 万理華は二階の廊下の先にある部屋に扉を開けた。


「ここがうちの事務所。はいってー!」


 扉の向こうには広いスペースに、向かい合わせの机が列となっていくつも並んでいた。向かい合わせにつけられた机が五個ずつて十以上の列をなし、中央を一メートルほど開けて左右に並んでいるが人は誰もいなかった。


「他の人がいないね……」


 部屋を見て甘菜がつぶやくと部屋に入った万理華は、甘菜に向かって右手の指を二本たて目元に持っていき答える。


「きゃは! そうなの。みーんな警備とか巡回に出払ってるのよ。そっちと違ってうちらいつも人手不足なんだ」

「えっ!? あっごめんなさい」

「いいのいいの。その代わりにうちらが助けてって連絡したら助けに来てねぇ」


 笑顔で甘菜に答えた万理華が部屋の奥へと進む。レイたちは彼女に続いて部屋の奥へと向かう。部屋の一番奥に置かれた机だけ列を見渡せるように入口に向いて置かれている。この机は隊長である万理華の物だった。万理華が机に近づくとその上に先客がいることがわかる。


「ただいまー! 大福!!!」


 机の上に体は真っ白で鼻先だけ黒い猫が乗っており、万理華は猫に向かって笑顔で両手を広げて向かっていく。この猫の名前は大福、万理華の家族である…… しかし、万理華を見た大福は面倒くさそうに、あくびをして机を飛び下りると彼女の元へと向かって行く。


「ぴえん! 大福ー! まってぇぇぇぇ……」


 大福は万理華を見ることもなく、すたすたと彼女の横を通りすぎていく。万理華は振り向いて膝をつき、泣きそうな顔で背中を向けている大福に手を伸ばす。万理華に振り向くことなく大福は前に進み立ち止まって顔を上げた。


「なーん」


 甘えた声で鳴く大福の前には、レイが立っており彼は足元に視線を向けほほ笑む。


「おぉ。大福! 久しぶりだなぁ」


 しゃがんだレイは大福を抱きかかえ持ち上げた。大福はレイに大人しく抱っこされ嬉しそうに目を細くする。


「この猫さん…… 前にレイ君が言ってた猫?」


 レイの横に居た甘菜が彼に抱かれた大福を覗き込む。


「あぁ。俺が拾った大福だ。訓練中に壁の外でな…… 名前は俺がつけたんだぜ」


 笑って少し自慢げに大福を甘菜に見せるレイだった。甘菜はうらやましそうに抱かれてる大福を見ていた。


「ねぇ…… 撫でていい?」

「いいよ。ほら」

「うわぁ。ふかふかだぁ」


 大福を両手で抱えて甘菜の前へと差し出すレイ、彼女は優しく大福の頭を撫でる。

毛並みが整った大福は気持ちよく甘菜は何度も手を動かして撫でる。大福も気持ちいいのか喉を鳴らし機嫌よく撫でられていた。


「なんでぇ…… なんでぇ…… レイちゃむのとこに行っちゃうのぉ。それにかんちゃんにもなでさせてさぁ。いつも餌あげてるのうちじゃん!」


 気持ちよさそうに大福を撫でる、甘菜をうらやましそうに見つめる万理華だった。

 番傘衆の訓練教官だった万理華は、レイが訓練中に拾った大福を気に入り家族となる決意をし、一緒に暮らすため自ら希望してツマサキ市からネーブルタウンへ異動した。


「「……」」


 大福を撫でている甘菜を万理華以外にも、うらやましがる人間は他に二人ほどいた。


「わっわたしも触っていいですか?」

「わたしもー!」

「いいよ。はい。驚くからゆっくりな」


 甘菜に続き未結と杏も大福を撫でたいと手を上げた。レイはうなずいて二人に返事をする。


「じゃあ杏ちゃんからな」


 レイはしゃがんで杏の前に大福を持っていく。おそるおそる手を伸ばし杏は大福を撫でる。彼女の後ろで大神が心配そうに見つめている。


「本当だ。気持ちいい」


 杏も大福の毛並みを堪能する。未結も大福を撫でる。大福は大人しく二人に撫でられていた。その光景をうらやましく見つめていた万理華は、我慢できずにレイの元へと駆けて来る。


「うちもー!」


 手を勢いよく大福の前に突き出した万理華、近づいて来た彼女の手に大福は不快な表情で眉間にシワを寄せる。


「ふにゃあああああああああ!!!」


 鳴き声をあげ万理華の手をひっかいた。顔をゆがめて万理華は手をひっこめた。


「なっなんで…… こうなったら!」


 ひっかかれた手を押さえ、万理華は自分の机に向かう。机の引き出しをあけ中に手をつっこんだ。


「ほらほら大好きなおもちゃだよ。それにおやつもあるよ!」


 万理華は机の中から猫用のおもちゃとおやつを出して大福に見せる。


「つーん」


 プイっと顔を万理華から背け、抱かれているレイの腕に顔を摺り寄せる大福だった。


「ぴえん! でもそんな塩なところ…… しゅき……」


 目に涙を溜めながら大福を笑顔で見つめる万理華だった。


「相変わらず動物に好かれないんだな……」

「みたいですね。本人は動物大好きなんだけどなぁ……」


 大神は首を横に振って、レイは不思議そうにつぶやく。甘菜と未結と杏は苦笑いをするのだった。万理華は無類の動物好きなのだが、本人の意思に反して動物に懐かれないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る