第23話 地獄を通る作戦開始
スタンドに戻されたアルファとベータが並ぶ前に、訓練を終えたレイと甘菜が座っている。甘菜は体をレイに向け彼女の足元には黒い小さなリュックが置かれていた。二人の前に未結が体育座りをしてレイを心配そうに見つめていた。
「いてて……」
「こーら。大人しくしなさい」
赤くはれた右のこめかみの上を押さえながら痛がるレイ、口をとがらせた甘菜が絆創膏を患部に持っていく。
「でもありがとうね。私の前に立って身代わりになってくれて」
優しく絆創膏をはりながらレイに向かって感謝する。ほおを赤くしてレイは視線を甘菜からそらす。
「別にあれは新しいパワードスーツの強度を試したんだよ。別に姉ちゃんをかばったわけじゃねえよ」
「ふふふ」
恥ずかしそうに口をとがらせるレイに甘菜はほほ笑むのだった。訓練中にレイは甘菜を銃弾からかばい怪我をしたのだった。
二人の前に座っている未結にレイが視線を向ける。レイと目があった未結は少しだけ頬を赤くする。
「でも、先輩にしちゃ攻撃が単調だったな。俺たちの連携を防ぐつもりなのかも知れないけど…… 途中から俺と姉ちゃんの間ばっかり狙って距離を離そうとばかりするから読みやすかったぞ」
「えっ!? 未結ちゃん…… フーン……」
笑顔は少し勝ち誇った様子のレイ。彼の言葉に何かを察した甘菜は、未結に向けた目を細めて白けた顔をしている。
「そっそんなことありません!!!!!!!!!!!!!」
未結は顔を真っ赤にして叫ぶ。レイはなぜ彼女が大声だしのかわからずに困惑する。
「なっなにを怒ってるんだ?」
「別に怒ってないですよ!!! レっレイさんが変なこと言うからじゃないですか!!」
「なんだよ。やっぱり怒ってんじゃん!!」
「だから怒っていません!!!」
レイニ向かって叫び、体育座りのままうつむく未結だった。レイはどうして怒られたのかわからず気まずそうに頭をかく。甘菜は冷たい目のまま小さく小刻みにうなずいていた。
少し離れた場所で杏とヤマさんと大神の三人がレイ達を見守っていた。杏はレイ達のやり取りを見てニヤリとほほ笑み隣に立つヤマさんを肘でつつく。
「ふーん。なるほどねぇ。ヤマさんも大変だねぇ。あの三人の面倒を見るなんて……」
「そうですね。まぁでも、レイと甘菜さんは従姉弟同士で連携は取れますし、如月は二人と年齢も近くて気が合うみたいですしねぇ」
目を細めて三人について答えるヤマさんだった。だが、杏が期待した答えではないようで彼女は大きくため息をつく。
「はああああ。もういいわ。さぁ。大神さん! トラックの修理に行くからついて来て!」
「えっ!? はっはい!」
杏は大神を連れて海ほたるの中へと入っていく。残されたヤマさんは首をかしげるのだった。
地下駐車場へと杏と大神、そこの中央に大型トラックが一台駐車してあった。白い作業着を着た整備員が大型トラックの周りで作業をしいてる。杏はトラックの車体の前に立って声をかける。
「調子はどう?」
車体の下に潜って加菜が作業をしており、クリーパーと言う車体の下に潜こむ道具に乗り、スパナを右手に持った彼女が顔を出す。
「荷台の改造は終わったよ。ミサイルだろうがドラゴンの炎だろうがビクともしないよ。後は…… 旧型をエーテルエンジンにするのにもう少しかかるかな。それでも明日には終わるよ」
「さすがね」
加菜は車体の下から出ると立ち上がり、大型のトラックの運転席に視線を向けた。
「運転はあたしで杏も一緒に乗るでいいんだね」
「うん」
笑顔でうなずく杏、加菜は視線を隣で心配そうに杏を見つめる大神へ向ける。
「あんたも乗るのかい」
「いやいや。僕は護衛だよ。前を歩いて君を先導する」
「あぁ。なるほどあっちのはあんたのおもちゃ箱かい」
うなずく大神、加菜は視線を左へ向けた。彼女の視線の先には作業員が囲む小型トラックが見えた。大神は暗あずに視線を向け不安そうな顔をする。
「本当は…… 山神博士には町で待機してほしいんだがな……」
杏の護衛担当である大神が本音をもらす。目を細くした杏が大神を見つめる。
「文句は許可した武瑠お兄ちゃんに言ってくれないかしら?」
「うっ!? それは……」
「それに武瑠お兄ちゃんが許可したのは。大神さんがちゃんと守ってくれるからだよ」
後ずさりする大神に杏が、駆け寄り手を取ってにっこりとほほ笑むのだった。杏は大神のおかげのようなことを言っているが実は杏が、総司令室で泣き喚いたため仕方なく武瑠が許可したのだ。その情報はもちろん苦情とともに大神に届けられた。
「はぁ…… 守りますよそりゃあ護衛ですから…… でもあまり危険なことは僕たちに任せてもらっても…… あなたの代わりをできる人はいないんですから……」
「もう! うるさいな。一度決めたことグダグダ言わないで!」
ため息をついてぶちぶちと、愚痴を漏らす大神を杏は叱りつける。二人を見て加菜が笑う。
「ははっ。大神! 杏の言う通りだよ。覚悟を決めな。中途半端な気持ちだよ化け物に食われちまうよ」
「そうだな……」
顔をあげ真顔になる大神、何かを決意した彼の様子を見て杏は安堵の表情を浮かべるのだった。
オウルベア輸送の準備が進む。トラックの改良が終わり加菜がトンネルへ運び込んだ。オウルベアの近くには杏と大神と二式のパワードスーツを着た大神の部下が待機していた。大神の足元にはプラスチックの大きなケースが置かれ、中には透明な液体が入った二リットルペットボトルが十二本ならんでいた。トラックを停車させ加菜は降りると荷台を開ける。
「じゃあ始めるわよ…… 大神さん!!!」
「あっ!? 申し訳ありません」
トラックの荷台の前に立ち、見上げていた杏が振り向いて大神を呼んだ。大神は杏のわきに手を入れ、彼女を持ち上げて荷台へ上げる。その後、大神はペットボトルが入ったケースを荷台に上げ、次に自らも荷台に上がって杏の横に立った。じろりと杏は大神を睨みつけ奥へと入っていく。
二人に続いて加菜が荷台の上に上がった。杏は持っていたタブレットを見ながら口を開く。
「頼んだものは終わっているわよね」
「あぁ。監視カメラに完全密閉に防水加工だろ…… あと頼まれた加湿機に空調ついでにエーテル防弾加工もしてあるよ」
「ありがとう。大神さん! お願いしまーす」
得意げに確かめるように指で伸ばしながら話す加菜、タブレットを見ながら彼女に答える杏だった。荷台の端に円筒の形をした加湿器が置かれている。大神は杏の指示で、足元に置かれたペットボトルを取り出し、蓋を開け加湿器にペットボトルの液体を注いでいく。大神が巻くペットボトルの液体をまじまじと見つめる加菜だった。
「入ってるのはただの水かい?」
「ううん。そこで採取した海水だよ…… 荷台にオウルベアをいれる前の準備なの」
「ふーん」
顔を上げ加菜の方をむき、荷台の外を指して答える杏、加菜は小さくうなずきながら興味深く大神が持つペットボトルを見つめていた。杏はトンネルの内部に染み出した海水を採取し保管していた。
大神はペットボトルの海水を入れた加湿器を起動させる。しばらくして白い蒸気が吹き出す。杏はずっとタブレットを見つめていた。
「エーテル濃度に湿度…… 温度…… これでトンネルの内部と環境は変わらないはず…… 大神さん! もう大丈夫よ」
「わかりました。おーい! 頼む!」
パワードスーツを着た二人がトンネルの奥へ向かう。
「じゃあ、オウルベアを運び込むから私達は降りましょう」
杏に言われて三人が荷台から下りた。入れ替わるようにして、トンネルの奥からパワードスーツを着た部下二名がオウルベアを持って移動してきた。二人はオウルベアを荷台に運び込む。オウルベアの死体は石のように固くなっていて持ち上げてもそのままの姿ままで荷台へ保管された。
「これから監視しながら待機よ」
荷台の前に座りタブレットを見つめる杏、彼女のタブレットの画面には二台の中の様子が映っていた。
二時間後…… 杏は座ったままタブレットをジッと見つめ続けていた。彼女の横に大神はずっと立って見守っている。加菜は近くの壁を背もたれにし、地べたに座って腕を組み仮眠をとっていた。
「もういいわね…… 大神さん! トラックを開けてみて」
「はっはい」
顔をタブレットから離した杏が、大神に荷台を開けるように指示をだした。彼女の言葉に反応した加菜は目を開け背伸びをして立ち上がる。大神は杏の指示に従い荷台をゆっくりと開ける。荷台の中にはオウルベアが先ほど変わらず静かにたっていた。
「うん! 大丈夫。融解は始まらない! 大丈夫…… 準備はできたわ」
満足そうにうなずいた杏だった。オウルベアの輸送作戦が開始される。
翌日の早朝。レイ達はアクアラインの高速道路の前に集合する。移送作戦に参加するのは杏と特務第十小隊の五人に第一兵団第三部隊の五人だ。大神と杏以外はパワードスーツを着用していた。
大神のパワードスーツは未結と同じ三式、ヘルメットが彼女とは違い、顔全体が円盤を水平に置いたような形をして、バイザーは円に沿うようなに細長い緑色をしていた。右手には柄の長いハルバードを持っている。
「第一兵団第三部隊が一台目。二台目は特務第十小隊に護衛をお願いします」
ヤマさんに大神が指示を出している。大神が言葉を続ける。
「特務第十小隊が担当のトラックは無人で自動運転により前のトラックを追尾するようにプログラムされています。だから運転の心配はしないで警戒に集中してださい」
「了解しました」
敬礼をしてヤマさんが大神に答える。
「じゃあ出発するよ。みんな頼んだわよ」
杏が出発の合図を送ると、パワードスーツを着た十人が一斉に敬礼をする。直後に加菜と杏がトラックに乗り込む。レイ達は武器を確認し持ち場へと移動する。大神はトラックを先導するように先に歩き出した。ゆっくりとトラックが前進を始める。オウルベアの移送作戦の開始だった。
大神が先頭で、加菜が運転するトラックが続き、トラックの周囲を第一兵団第三部隊が警戒する。続く小型トラックをレイ達特務第十小隊の四人が警護する。
レイ達は荷台の上に未結とヤマさんが乗って高いところから警戒し、トラックの後ろを甘菜とレイが続く。十年間整備されていない道路のため荒らされていたり破壊された場所がところどころあり、一団は慎重にゆっくりとすすむ。
「あのトラックには何が入っているんだろう? 何かあった時の予備トラックなのかな?」
前を進む小型トラックを見つめ、首をかしげる甘菜だった。
「あぁ。あの中には大神さんの武器が入ってるんだよ」
「武器!? だって大神さん斧を持ってたよね?」
「あれは護身用みたいなもので大神さんの本当の武器は違うんだよ」
「大神さんの武器ってトラックじゃないと運べないくらい大きいの?」
「まぁ。大きいと言うか…… 色々種類があってかさばるんだよ」
「ふーん」
レイの言葉を聞いてもよくわからず甘菜は難しい顔をするのだった。
一時間が経過した。レイ達は無事に東京湾アクアラインを渡り、旧木更津市街地へとやって来た。かつれの高速道路で南下する方が早いが、道が陥没している箇所があったり、レインデビルズの巣も近くにあるため無駄に戦闘をしないように一般道を進むのだった。
右手に大きなスーパーマーケットが見える大通りへやってきたレイ達……
「うん!? 停車した」
「どうしたんだろう?」
前を行く小型トラックが停車した。トラックの上にいた未結が左手を耳の辺りに持っていく。
「レイさん! 甘菜さん! 不審な人が道路の前に立ってます」
「誰だろう? 涼馬くんみたいな避難民かな?」
「いやぁ。レインデビルズがうようよいる場所に避難民なんかいないよ」
首を横に振って甘菜に答えるレイ、彼は右肩にかついでいる太刀を持つ手に力を込めた。
「視界の共有をします」
未結から連絡があり、レイと甘菜のディスプレイの一画に小さなウィンドウで別枠が出て来た。そこには千里眼で未結が見ている光景が見えている。画面に足首まで裾がある、フードつきの黒いローブに身を包んだ人間が立って居るのが見えた。
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