第21話 アルファとベータ
杏が海ほたるに来た翌日。無線が置かれた会議室に杏、大神に特務第十小隊の四人と加菜が集結している。会議室の机の上に、開いた菓子の箱が三つほど置いてあり食い散らかされている。なお、この菓子は未結、杏、甘菜が順に数時間ごとに売り場から持って来て置いているものだ。
会議室のホワイトボードの前に杏が立って難しい数式を用いて説明を始める。
「地下のトンネルに染み出した海水はエーテル濃度が高かったわ。染み出した海水に含まれる多量のエーテルに作り出した湿めった空気が保存液の役割を担っているみたいね」
右手にペンを持ち、左脇にタブレットを抱えた杏が、ホワイトボードに文字を書きながら説明をする。彼女の話をレイ達は真剣な表情で聞いている。手を止めた杏が振り返り話を続ける。
「レインデビルズのさらなる調査のために…… 地下のオウルベアをツマサキ市に移送します」
杏の言葉に皆があぜんとしていた。皆の顔を見た杏はなぜか満足そうにうなずく。こういう反応をされるのを楽しんでいくかのようだ。
「そうそう。後ついでに周囲の海水とトンネルから染み出してエーテルのサンプルもね」
ニコッと笑ってウィンクをした杏、素早く我に返っていた加菜が杏に尋ねる。
「あれをV428に積み込むのかい?」
「ううん。武瑠さんに聞いたらV428にオウルベアを積み込んじゃダメだってさ。だから道路でいくしかないの」
残念そうに答える杏、加菜は舌打ちをしてつまらそうにする。
「チッ…… まぁ確かにあいつは虎の子だからね。得体の知れないものは運ばせられないか」
「後ね。輸送するにあたって改造したいって私が言ったからかな…… はぁ」
心底残念そうにする杏、ちなみに彼女はオウルベアを、V428輸送機で運べないことをではなく、V428を改造できないことを残念がっていた。
「道路でことはトラックだろ? それはどうやって持ってくるんだい? V428に吊るしてかい町から持ってくるのかい?」
「ううん。下に駐車場に放置されたトラックを修理して、二台をトンネルと同じ環境になるように改造するの。改造と修理用の部品は明日運んでもらうわ」
杏の答えに小さくうなずく加菜だった。加菜の疑問が解消され杏はさらに話を続ける。
「移送作業は開発部主導で行います。特務第十小隊の皆さんには護衛を担当してもらいます」
レイ達に笑顔を向ける杏だった。レイは静かに手をあげ杏に口を開く。
「ごめん。俺と姉ちゃんのマジックフレーム2故障して動かないんだけど」
二人のパワードスーツは、海ほたるに飛ばされた際に故障し開発部によって回収されていた。杏
「そうね。二人のは修理に時間がかかるけど輸送までに何とかするわ。未結お姉ちゃんのは明日には修理がおわるからね」
自信満々にほほ笑みながら杏が答えるのだった。会議が終わり杏と加菜と大神の三人はV428に乗りツマサキ市へと戻っていった。
翌日の早朝にヘリポートにV428が戻って来た。レイと未結と甘菜とヤマさんの四人はヘリポートに出迎えに来ていた。後部ハッチが開き五人の整備員がスタンドに置かれた二体のパワードスーツを下していく。物資を下したV428はすぐに飛びだっていった。
四人の前に甘菜が使用する一式C型とそっくりな赤い装甲のパワードスーツと、レイが使用する一式D型に似た青い装甲のパワードスーツが置かれた。次に大きな木箱が四つ置かれた。整備員は木箱を開けて去って行った。木箱の中身はレイと甘菜の武器だ。
置かれたパワードスーツを見てぼうぜんとする四人の元に加菜と大神と杏子がやって来た
「レイ、甘菜! あんたらの新しいおもちゃだよ。大事にしな」
前に出てパワードスーツをまじまじと見つめるレイだった。彼は青い装甲のパワードスーツの前に来て声をあげる。
「これは……」
「マジックフレーム
「アルファとベータ?」
「うん。赤いのがアルファで青いのがベータね」
呆然とするレイ、加菜の横で笑っていた杏が説明を始める。
「この二つは今のマジックフレーム2のモデルになった機体。色以外は見た目はあまり変わらないけど中身はまったく違うの」
「違う?」
「うん。開発初期モデルだからエーテル燃料反応が高く設定されてエーテル反応速度も出力も高いの。後は通信速度と電子戦用にアンテナも高出力モデルだったり…… ほら首の横にアンテナが二本になっているでしょ」
杏は説明しながらパワードスーツの首をさす。彼女の言う通り以前のパワードスーツの首の左に、アンテナが二本だったがベータは左右に一本ずつなっている。
「まぁ。その分操縦がピーキーでエーテル暴走もしやすいわけだけどね…… じゃあ乗って! 二人のデータを二機には登録してあるから」
両手を広げアルファとベータを指し杏は、甘菜とレイの二人にアルファとベータに搭乗するように指示をする。甘菜とレイは顔を見合せた後、レイが杏に顔を向け口を開く。
「つまりこれに乗ってオウルベアを護衛するってことだよな」
「もちろん。そのために特別に許可をもらって引っ張りだしたんだから! 大事にしてよね」
「大丈夫かな…… 操縦、難しいんでしょ?」
自信なさげにうつむく甘菜に杏は笑顔で答える。
「アルファとベータに二人の訓練データと戦闘データを記録した、シンシアをインストールしるからある程度は補助してくれるはずよ」
「わっわかった。やってみるね」
顔をあげて甘菜はアルファの後ろに回りこむ。レイも彼女に続いてベータの後ろに回り込んだ。
「じゃあ! 未結お姉ちゃんも準備して」
「えっ!? わっ私もですか?」
自分を指さす未結、杏子は大きくうなずいた。
「これから三人で模擬戦するのよ」
「いきなりかよ」
「だって明日には移送が始められるから二人には早く慣れてもらわないとね。ほら早く! 乗って!」
二人は杏に急かされパワードスーツの首すしに自分の左手を持っていく。
カチッと音がして背面が開いた。
「内部フレームは変わらないな……」
レイはつぶやきながら足をあげパワードスーツの脚部に自分の足をいれた。足を踏み入れた感触はいつものパワードスーツと変わらない。レイは慣れた様子で両足に続き両手をパワードスーツにいれる。最後にヘルメット持ってかぶり体を起こすと背面が閉じて自動でスタンドからパワードスーツが外れた。
真っ暗だった視界が開いて外の様子が見える。
「オハヨウ…… レイ」
「おはようシンシア。少し動いてみていいか?」
「ドウゾ」
動きを確かめるためにレイは、視線を下げ自分の体の前に両手を持って行って指を動かす。次に歩いたり、腰を曲げたり膝を曲げたりする。
「よーし! 大丈夫だな。姉ちゃんは?」
「私も大丈夫だよ」
横を向いたレイ、アルファに身を包んだ甘菜が両手をあげ左右に振っている。レイは甘菜を見て少しほっとしたような顔をした。
「わかった。二人とも準備できたわね」
杏の声が聞こえた。二人とも杏に向かって手を大きく振って答える。
「それじゃあヘリポートの向こう側にある広場に移動して」
レイと甘菜はヘリポートから広場に移動した。杏は二人が移動すると笑顔で、小さくうなずいて右手を曲げ前に倒す。
「じゃあ未結お姉ちゃん! 二人を撃って! 二人は射撃から逃げるのよ」
「ちょっ!? 先輩の射撃から逃げるのかよ!?」
「もちろん模擬弾を使うから大丈夫よ。はーい! じゃあ始めるよー」
「おっおい!?」
銃声が轟くレイと甘菜の間を銃弾が通り過ぎていった。海に向かって一直線に銃弾は飛んで行く。
「照準の調整は終わりました。次は本気で狙いますよ」
「お手柔らかに…… お願いします」
「はははっ…… 私も……」
「ダメですよー。ふふふ」
レイと甘菜が顔を見合せてた。直後に銃声が轟く二人はほぼ同時に地面を蹴って飛び上がるのだった。
「わわわ!? なっなにこれ!? すごい!!」
「確かにこりゃあ加減が難しいな」
軽く地面を蹴った二人のパワードスーツは、瞬時に数十メートルの高さまで飛び上がった。今まで着用していたパワードスーツとはパワーと出力が倍以上違っていた。レイの視界に地上で小さく何かが光るのが見えた。
「危ない! 姉ちゃん!」
「キャッ!?」
レイのパワードスーツの肩とふくらはぎの装甲に装備されたスラスターが火を吐く。彼は甘菜に近づくと手を伸ばして彼女を突き飛ばした。甘菜はバランスを崩して、二十メートル横に移動する。甘菜はなんとか体勢を立て直すとレイに向かって両手を上げ抗議をする。
「いたーい! 突き飛ばすなんてひどいよ! レイ君!」
「違う!! 下を見て! 次もすぐに来るぞ! 避けろ!」
「えっ!? うわ!?」
下をキラっと光が見えた甘菜が、肩を引いて体をそらした。直後に銃声が轟、彼女がそらした体の前を銃弾がかすめて飛んでいく。未結はすぐに次弾装填し構える。二人は未結の狙撃から必死に逃げ続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます