第10話 根界と欲と死と

「よーし!本当は君のお友達も交えて説明しようと思ったけど、今日はそれも無理だしね。簡単にだけど『この世界の常識』についてレクチャーしてあげよう!」


「世界の常識・・・。え、俺たちって元の世界に帰れないの?」


 リグレッドは氷戈たちがあたかも『今後この世界で生きていく』という前提で話を進め始めたので、当然の疑問といえば当然の疑問である。


「あれ?もしかして何も知らない?」


「『何も』が何を指すかは分からないけど、多分知らない・・・かな。俺たちだってどうやってこの世界に来たのかすら分からないから」


「なんと!そのパターンか!」


「パ、パターン?」


 氷戈は、ここは地球ではない『別の世界線』なのは確かであり、ジェイラやリグレッドがたびたび口にする「この世界で〜」というワードから地球のある世界線に帰る事は容易だと考えていた。人間があちこち『別の世界線』に飛ばされてもいない限り「この世界で〜」というワードが頻出するはずが無いからだ。

 しかしながらリグレッドの反応を見るに、状況はもっと複雑のようである。


「よし、一旦整理しよう。まず君たちはどこから来たんだ?」


「地球の日本から・・・」


「・・・おいおい、マジかよ・・・」


 今まで飄々としていたリグレッドの顔つきが一変した。つられて氷戈の顔も強張り、緊張が走る。


「いいか、氷戈。その話が本当なら、現状お前たちは元居た世界に帰る事はできない」


「っ!?」


 当然、衝撃だった。

 ついさっきまでゲームの先行体験会で胸を躍らせていたのに。

 ついさっきまで幼馴染といつものようにバカをやっていたのに。

 たった一瞬で別世界に飛ばされ、元に戻れないだって?


 流石の氷戈も、異世界転生系や異世界転移系の主人公の気持ちを直に味わう日が来ようとは思っていなかった。


 深刻な顔をして思い悩む氷戈に助け舟を出すかのように


「現状は、と言ったんだ。確かに地球から来たなら今の状況が全く飲み込めなくても仕方がない。むしろ君の理解力が異常なまである。だからこそ聞いてほしいんだ。『この世界の常識』を」


「現状・・・。現状か。・・・わかった、教えてくれ」


 今頼れるのは目の前にいるリグレッドのみであり、仮にも自分たちを助けてくれた恩人だ。その彼が「現状は帰れない」というのだからそれを信じる以外ない。何より今は情報が欲しかった氷戈は聞く体勢をとった。

 だがリグレッドは一歩踏み出すと


「申し訳ないけど歩きながらでいいかな。俺も用事があってサミィたちを先に転移したんだ」


 氷戈は無言でコクッと頷き、リグレッドの真横まで小走りをした。

 少しして・・・


「それじゃ、改めまして・・・」


 リグレッドは語り出す。


「まずはそうだな。この世界の名前は根界オルド。全ての『世界』の起源とされている」


「世界の起源・・・」


「ああ。まず前提として世界はここ根界オルドを含めて6つある。それぞれの世界で流れる時間は違うし、特色も違う。人間の体の作りも扱える力も、なにもかも。そしてその6つある世界の中でも根界オルドは一番初めに生まれたとされているんだ。だから全ての世界の起源な訳」


 リグレッドは氷戈の顔を見たが、そこに混乱している様子はなかった。

 安心して、話を続けた。


「ここからは王室に残されている歴史書の内容だ。・・・お話は約2000年前。ある日突然この世界が生まれ、それと同時に数人の人間も生まれ落ちたらしい。その人間の中に、2人だけ不思議な力を使う者がいた。1人は男性、もう1人は女性だった。男の方は『世界を創造する力』、女の方は『生命を創造する力』を持っていたとされていて、この根界オルドも彼らによって創られたという説が根強い。まあそれ以外に考えられないしね」


 どの王室なのか、2000年前という特段古くも新しくもない年代、男女2人の出生など気になる点は多かったが氷戈は黙って聞き続けた。


「この2人はそれ以外にも、生きる術や知恵を持っていた。結果周りの人間から慕われ、根界オルドに住む人間たちのリーダーとなり、王と女王になった。これが後に2000年以上続くアイギス国の始まりな訳だけど。そして彼らはその寿命が尽きるまでの間に自身の力を行使して5つの世界と、そこに根ざす生命をそれぞれ創造した」


「そんな力・・・。まるで神そのものじゃないか・・・」


「そうだね、本当に凄まじい力だ。けど俺は君にもその力が宿っていると考えている」


「うーん、そうかもね。けどそんな力・・・って、え?」


「ここからはその力、『カーマ』についてのお話だ。この世界で生きていくため、戦っていくためには必ず知っておかなくちゃいけない」


 ゴクリ・・・

 いきなり出てきた「戦う」というワードは予期していなかった訳じゃない。ジェイラやクトラだっていきなり武力行使だったし、話を聞く限り『異世界転移』の類だそうだから剣や魔法で戦うのは定番中の定番である。

 氷戈が固唾を吞んだのは、『世界や生命を創造する力』というストーリー最終盤で出てくるような力が自分に備わっているという発言に対してだった。

 より一層、真剣な眼差しをリグレッドに向ける。


「カーマ。欲と書いてカーマというんだけど、その名の通り『自信が真に欲した力が己に宿る』ことからそう呼ぶんだ」


「己が・・・真に欲した力・・・」


「うん。その人が生まれてから物心がつき、初めて心の底から欲した力が発現するんだ。」


「そ、それって条件緩すぎない?」


「んー、それはどう転んでも『その人次第』なんだ。まず前提にカーマの能力を自由自在に決められる人間自体がごく少数でさ。その条件もよくわかってないんだけど、通説では『初代アイギス国王及び女王の血を持つもの同士との間に生まれた子』じゃないといけないらしい」


「っていうことはまだわかってないことも多いんだね」


「そうだけど、この選択権を持って生まれる人間は圧倒的に王族周りのやつらが多いんだ。まあ例外も多いから『らしい』止まりなのだけど」


「ふーん・・・ん?でも待って?もし俺にカーマの力があったら俺がこの世界出身、さらに王族の可能性があるってことにならない?」


「いんや、ならないね。だって根界出身じゃなくても、王族じゃなくてもカーマを宿して生まれてくる人間はいるからね。王族の純血統の場合はあくまで『能力の選択権がある』ってだけの違いだよ。まあそれが凄いんだけども」


 ちぇー、っと少し残念そうにした氷戈を見たリグレッドは


「まあそんなに残念がらないでよ。もしかしたら君の持つカーマは凄いかもしれないよ?・・・待った」


 もったいぶって見せたリグレッドだが、足を止めすぐに声色を変えて氷戈の歩みを静止させる。

 彼の顔を見た氷戈も只事ではないと悟り、その場に立ち尽くす。


 お出かけ日和の気温

 頬を掠める心地よい風

 木陰の合間を抜けた日の光

 頭上に鳴り響く雷鳴、竜の如くー


 それは氷戈とリグレッド2人を同時に始末するには十分な範囲と威力があった。


「ッ!?しまっ!?」

「!?」


 突然の奇襲にリグレッドと氷戈に成す術など無かった。




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現役主人公の物語Re(死の間際にて執筆中) @kato-daiki

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