終章、ハナはセイと一緒にいる

 三日月一族の薬草園では蜜を運ぶ虫がワンワンと飛び交っている。その音に合わせて、ハナは節をつけて札を読み上げていた。

「熱も咳も鼻水もでる風邪なら『カリン』と『ショウガ』。火傷した手が痛むなら『ヤマナラシ』。お腹の調子を整えるなら『スズナ』。手足の先が冷えるなら『ナズナ』。懐妊してくたびれるなら『ハコベ』。赤ちゃんが寂しがっているなら『お姉ちゃんの愛情』」

 昨日、初めて結が自分の名前を呼んでくれたことを思い出し、ハナは「ふふっ」と笑った。

「ハナ、遅れるわよお」

 小春の声だ。

「はあいっ」

 家へ走っていくと、カバンと黒豆を抱いた小春が立っていた。

「毎朝庭を見てくれてありがとうね、ハナ」

「どういたしまして。今年の春は、太陽も雨も上手に変わりばんこで来てくれるから、畑がぐんぐん育ってるよ」

「太陽と雨が仲良しになってるってことね」

 ハナはパチンと片目を閉じて、「そういうこと!」と言った。

「おーいっ、ハナ!」

 空からの声に顔を上げると、学生服に身を包んだセイが手を振っている。

「おはよう!」

「おはよう! 今行く! それじゃあ、いってくるね、母さん、黒豆」

「ええ。いってらっしゃい」

 ハナはグッと地面を踏み、セーラー服のスカートをバタバタ揺らしながら上昇し、セイの隣にぴたりと並んだ。

「お待たせ、セイ」

「全然。さて、行くか」

 太陽で白く光る青空の中を鳥のように飛びながら、ハナはセイを盗み見た。

 今日の空は少し強めの風が吹いていて、セイのやわらかい髪やまつ毛をスルスルと揺らしている。

 その光景に、ハナは胸がきゅうっと締め付けられた。そうっとセイの手をつかむ。

「……ねえ、セイ」

「なに、ハナ」

 セイと目が合うと、ハナはにっこりと笑った。

「自由に空を飛べるようになったり、一族の人からできそこないって言われなくなったり、結もすくすく育ってくれていたり、もう家族にウソをつかなくてよくなったり、秘密がなくなったり……。箒競争の日からずっと、うれしいことがたくさんあるけど。わたし、こうしてセイと堂々と一緒にいられるのが、一番うれしい!」

 セイはハナの手をギュッと握り返した。

「おれも。これからもずっと一緒にいような、ハナ」

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三日月と桜 唄川音 @ot0915

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