30、ハナは河童にスイカを持って行く

 輪野村三年祭が終わると、ハナや子どもたちの待望である夏休みが始まった。

 ハナとセイは初めて一緒に夏休みの宿題をして、それに飽きると、スイカを持って、毎日河童に会いに行った。

「河童さーん! この前のお礼でーす!」

「わおーん!」

 しかしいくら呼んでも、あの水を割く音は少しも聞こえてこない。

「照れ屋な奴なのかな」

「でも、お礼渡したいよね。困ったなあ」

「そうだ。寿郎さんに聞いてみたらどうだ? 河童が寿郎さんの名前を言ってただろう」

「そっか! 今、父さん、家にいるから、行ってみよう」


 走ってハナの家に帰ると、薬草薬を作っていた寿郎はふたりにシソジュースを用意してくれた。黒豆には冷たい水だ。

「ねえ、父さん。河童を助けたことってある?」

「ああ、かなり前だけどな。この辺りの川の源泉は北の山の泉だろう。あのあたりに生える薬草に興味があって調査に行った時に、川からかなり離れた辺りでぐったりしている河童に会ったんだ。どうやら人間に追われたらしくて、頭のお皿が割れていたんだよ」

「お皿が? 逃げてる途中で、水が足りなくなったってことですか?」とセイ。

「いや。どうやら人間に皿を欲しがられて、ケガをさせられたらしい」

 ハナとセイは声をそろえて「お皿を!」と叫んだ。

「妖怪の体の一部はご利益があるだとか、不老不死の薬になるだとか、根拠のないことを言い出す人は昔からいてな。河童のお皿もその一つだったんだ」

「そういや俺も、カラス天狗の羽根はご利益があるって話、聞いたことあるな」

 ハナはまだ半分以上ジュースが残っているコップをテーブルの上に置いて、膝の上で拳を握りしめた。

「……そんなの、ひどい。人間で言ったら、爪を剥いだり、髪をむしり取ったりするのと同じじゃない」

 寿郎は顔をしかめてうなずいた。

「本当に、どうしようもない連中がいたもんだよなあ。まあ、それは置いておくとして……。それでその河童を連れ帰って手当てをしたんだ。まだハナとセイは生まれてなかったな。蒼志と小糸が生まれて間もない頃で、まだ部屋数に余裕があったんだ。だから、部屋の一つに大きな風呂釜を置いて、水を張って、しばらく容体を見たんだよ」

「それって、母さん知ってたの?」

「三人の子育てで忙しそうだったから、話してはいないが、たぶん気がついてたな」

 寿郎は「あの部屋だけは、掃除に来なかったからな」と苦笑いをした。

「毎日新鮮な水をやって、薬草園で採れる瓜科の野菜をやったら、徐々にお皿が戻っていってな。二週間もしたらピンピンしていたよ。それでまたふたりで泉まで行って、お別れをしたんだ」

 ハナは「へえ」と言いながら、河童との日々を思い出す寿郎の優しい瞳を見つめた。

「この家にいる間、河童と何か話したりしたんですか?」

「いや、あまり口数の多くない奴だったからな。でも、時々、三日月だとか、寿郎だとか言って、わたしを呼んでくれたよ」

「父さんのこと、きっと好きになったんだね」

「だったら嬉しいな。まあ、その後は会えていないんだが、今も元気でいると良いな」

 ハナとセイはにっこりと笑った。

「大丈夫! ピンピンして、今じゃ父さんと同じくらい大きいから!」

 寿郎は「えっ!」と声を上げた。


 翌日、ハナたちは寿郎を連れて、河童に会った川へ向かった。

「河童さん! お礼の西瓜を持って来たよ! それから、父さんも。寿郎父さんだよ!」

バッシャーッと水が割れるような音が鳴り、あの日に見た河童が現れた。

「やあ!」

 寿郎が笑顔で手を広げると、河童は鋭い歯を見せてニッと笑った。

「寿郎!」

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