29、ハナは驚くべき事実を知る2
「それからもう一つ、寿郎さんとハナさんにお話があります」
「えっ、わ、わたしも?」
善柊はハナの手を離して、ニーヴ・マリーの方に向かせた。
「お二人は、呪文も唱えず、何も持たずに空を飛ぶことができますね?」
「は、はい……」
ニーヴ・マリーは、ハナの肩の力が抜けるような穏やかな笑顔を浮かべ、話し出した。
その内容は、「呪文を唱えず、また何も持たずに空を飛ぶことができる魔法使い及び魔術師は、英国にも少なからずいて、彼らは実技を含むあらゆる試験においてとても優秀な成績を収める」ということだった。
その理由は判然としていないが、恐らく、「自分の魔法及び魔術の想像を、頭の中で鮮明に描くことができるために、呪文も道具も必要としないため、頭脳が他人よりも発達しているのではないか」ということだった。
「確かに、ハナは学校の勉強は得意ですし、魔術に関しても、たいていのものはすぐに使えるようになります。失敗することはほとんどありません」
「父さんだって頭がいいし、薬草の知識が豊富だから、村の人から頼りにされてるよね」
「お二人をはじめとした彼らは、これまでは箒で空を飛べないだけで、苦しい思いをしてきました。今、この発見は英国内のみで承認されていますが、今年のうちに世界各国に報告が行くでしょう。そして彼らは、本来持つ才能の翼を大きく広げることでしょう」
ニーヴ・マリーは少し腰を浮かべ、テーブル越しに寿郎に微笑み、ハナの手を握った。
「これまでがんばりましたね。あなた方は素晴らしい力を秘めた魔術師なんですよ」
ハナは涙がこぼれそうになるのを必死にこらえながら、「センキュー」と答えた。
「す、すげえよ、ハナ! よかったな!」
蒼志は目に涙をためながら、ガバッとハナに抱き着いた。
「母さんが父さんを思ってたように、俺だってハナはすごい奴だって思ってたんだ。そのハナが認められたんだ。最高だよ、今日は!」
「……ありがとう、蒼志兄さん」
ハナは震える声でそう言って、蒼志に抱き着いた。
「待ってくれ、ニーヴ殿。この家族は、全員が何も持たずに飛ぶことができるんだ。つまり、この場にいる全員が才能のある魔術師ということか?」
善柊の言葉に、誰もが言葉を失った。
全員がゆっくりと、順に驚いた顔を見合わせた。
「……えっ、あ、蒼志、兄さんも?」とハナ。
「べ、紅と、小糸もか?」と寿郎。
「なんだ、お前たち、お互いに話してなかったのか」
唯一ケロリとしている善柊は「おかしな奴らだ」と言って、ソファの背もたれにストンと腰を下ろした。カラスは「善柊様……」とつぶやき、羽根で頭を抱えた。
ハナの体がぶるぶると震えだす。善柊を疑っているのか、興奮しているのか、自分が今何を考えているのかわからない。
「……そうよ。わたしも、箒も呪文も必要ないの」
最初にそう言ったのは紅だ。そして、トンッとカーペットの床を蹴ると、紅の体がふわっと宙に浮かび上がった。
「やっと言えたら、体が軽くなったわ! ずっと隠しててごめんなさい」
「わ、わたしも!」
小糸もソファから立ち上がり、グッとカーペットを蹴って宙に浮かび上がった。
「わたしも、本当は自分で飛べるの。でもっ、でもっ、妖怪みたいで不気味だって言われるのが怖くて、必死に練習して……。箒に乗って、飛んでいるように、見えるようにしたの」
小糸の声は震え、目には涙が浮かんでいるが、顔は笑っていた。
ハナはビュンッと飛び上がり、小糸にしがみついた。
「泣かないで、小糸姉さん! 不安だったよね」
「ハ、ハナ。あなたこそ、不安だったでしょう。さみしかったでしょう。ごめんね、お祭りの日に言ってあげられなくて」
「みんな、怖かったんだよな」
蒼志も宙に浮かび上がり、紅と一緒に小糸とハナをギュウッと抱きしめた。
姉妹たちが宙で抱きあう光景に、きょとんとする結を、小春は左右に優しく揺らした。
「似たもの親子であり、似た者姉妹ってことね。ねえ、結」
「ばあ!」
小春の一言で、すべてが丸く収まった。
こうして、青天の霹靂のごとく、ハナと家族には素晴らしいことが起こった。
寿郎の魔法中央管理局入りを最も喜んだのは、前当主であり、寿郎の父であり、ハナの祖父である三日月顕真だった。
「務めを果たせよ」
たったその一言だったが、口元と目元には深く笑みが刻まれていた。
「照れてらっしゃるのよ。貴方が認められて、それは嬉しそうにしていたんだから」
そうこっそり教えてくれたのは、寿郎の母親である瑠璃子だった。寿郎は頬を赤く染め、「そうなのか」とつぶやいた。
「桜との関係も、貴方が兄さんたちからひどい扱いを受けてきたことも、少しも力にならなかった私たちじゃ、何を言っても説得力が無いでしょうけど。貴方のこと、誇りに思ってるわ、寿郎」
「……ありがとう、母さん」
このやりとりの話をする寿郎は、ハナから見ても子どものように見えた。そしてそんな寿郎を、子どもたちはとても愛しく思った。
それから黒豆についても、驚くことが発覚した。
「そう言えば、そのワンちゃんも魔術が使えるんですね。ハナさんの飼い犬ですか?」
「えっ、黒豆が?」
カラスを介してニーヴ・マリーに尋ねられたハナは、テーブルの足を噛んでいた黒豆を抱き上げ、ニーヴ・マリーに差し出した。ニーヴ・マリーは黒豆を全身くまなく見てからうなずいた。
「今は意志を持って魔術を使うことはできません。しかし、体の周りを魔力に覆われているので、強い気持ちと連動して魔術が発動することは十分に考えられると思いますよ」
ハナは理仁たちを女郎蜘蛛から助けた時のことを思い出した。あの時、黒豆が吠えて、女郎蜘蛛を止めてくれなければ、ハナたちは助からなかったかもしれないのだ。確かに黒豆には不思議な力があると言えそうだ。自分のことにいっぱいいっぱいだったハナは、あの時のことをすっかり忘れていた。
「そうだったんだね、黒豆。助けてくれて、本当にありがとう」
ハナが黒豆の丸い額に自分の額を当てると、黒豆はご機嫌に「わんっ」と鳴いた。
ハナには様々な驚くべきことが起こった。しかし、それらはどれもとても嬉しいことだった。
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