第19話 迷宮改装計画

『魔王ダーナ・ウェル 営業時間AM9:00~PM5:00 営業中』

ダーナ・ウェルの迷宮最深部の玄室、迷宮運営管理部にスペクト・プラウスは戻ってきていた。

「ね~ね~ね~ね~ね~、どうだった? 新しい……しさく?」

「概ね、問題ありません」

必要以上に近寄ってくる魔王ダーナ・ウェルに、さっと離れてそっけなく答える。

「じゃあさ! 冒険者は、ばいぞ~だよね!!」

「いえ、そう都合良くはいきません。集計結果によると、新規冒険者が微増して、既存冒険者が若干減りましたので、プラスマイナスゼロです」

「な~ん~で~!」

再び距離を詰めてくる魔王様。

「小規模アップデートでしたからね、サ終サービス終了前の最後のあがきと思われた冒険者が少なからずいたようです」


今回行った施策は……。

・冒険者の宿に錬金術師の誘致を目的として、レンタル錬金工房を設置

・アンクト寺院に新アイテム『マーカーラベル』の運用を導入

・シェリグ・ゲイムの酒場での日替わり依頼デイリークエストの実施

・上記に伴い、錬金術師用の依頼として、マーカーラベルの作成と素材の収集を設定

・ボッタクル商店でのマーカーラベルの販売

・同じくボッタクル商店でお得意様VIPサービスの導入

・訓練場での再訓練制度と、それに伴う出席簿ログインボーナスの導入


「ええ~!? いっぱいいっぱい、がんばったのに~」

不満を全身で表したいのか、ピョンピョン跳ねる魔王様。

いろんなところも連動して跳ねるので、目の毒だ。

勘弁してほしい。

「確かに施策自体は、それなりに数を打ち出しましたが、どれもマイナーチェンジの域を出ていません。なにより、肝心の迷宮自体のアップデートがない」

運営として手間暇はかけたが、肝心の冒険者側の目には、『安上がりなアップデート』と映るだろう。


「おお~! 迷宮のあっぷで~と!!」

魔王様は楽しそうに言うが簡単なことではない。

「まずは企画意図コンセプトが必要です」

「こんせぷと?」

「ええ、現状のダーナ・ウェルの迷宮は『悪い魔王が巣食う迷宮に挑み、奪われた財宝を取り戻す』という実にシンプルなものです」

古き良き|『悪い魔王が巣食う迷宮に挑み、奪われた財宝を取り戻す』《ハック&スラッシュ》、王道であるがゆえに、分かりやすく賛同を得やすい。

「えへへ~、褒めてる?」

「褒めてません」

なんで『悪い魔王』って言われて喜ぶんですか、そして無意味にポーズを取らないように。

「現状の企画意図コンセプト自体は悪くありません……ですが、それは大目的としてです」

「だいもくてき?」

「ええ、各フロアをクリアする小目的、中目的がない。これがダーナ・ウェルの迷宮のネックです」

最終層ラストフロアに至るまでの途中の階層には、数々の強敵、凶悪な罠、タチの悪い迷宮構造が待ち構えているが、そこには一貫性がない。

ただただ、迷宮に潜り、敵を倒し、財宝を漁るだけのルーチンワークとなってしまっている。


「ですから各フロアを攻略する物語ストーリーを作りましょう」

物語ストーリー!!」

尻尾を逆立て、羽根をパタパタさせて、サ終サービス終了の危機を脱していないというのに、楽しそうだ。


「もちろん、いきなり全フロアの改装は無理ですので、まずは第一層から進めていきましょう」

「おおおおおお~~!!! どんな敵にしよっかな~? どんな罠作ろっかな~?」

「お手柔らかにお願いしますよ。第一層なので、新規冒険者が太刀打ちできるぐらいで、かつ、やり応えのあるバランスを心がけてください」

あまり認めたくはないが『手強い迷宮』という風評は、ダーナ・ウェルの迷宮の古参冒険者が評価している数少ない美点だ。

そこは失いたくない。


「ご新規さんがたちうちできて、ばらんすのいいモンスターさん……う~~ん……」

魔王様が珍しく思案顔で、モンスターの如く部屋の中をウロウロウロウロワンダリングする。

そして……。

「ピンときた!」

ピーンと尻尾を立てる。

「ゴブリン大軍団にしよう! ゴブリン砦だぁ!!」

なるほど、ゴブリンか。

ゴブリン……迷宮最弱モンスターのうちの一種。しかしながら個体数が多く、物量で押してくることが武器になる。

それ故に、出現数を調整することで戦闘バランスを取ることもできる。

『ゴブリン大軍団』や『ゴブリン砦』という単語も背景物語バックストーリーを想起させる。

いいアイディアだ。

「お? ひょっとして、いいアイディアだ~って思った?」

「思ってません」


さて、細部は私の方で詰めるとして、ダーナ・ウェルの迷宮の物語を動かすならば、根回しが必要な場所がある。

王城。

あの方が居る場所。

出来れば、出くわさずに済めば良いのだが……。

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