第18話 ボッタクル商店の新商売

「ヒャーッヒャッヒャッヒャ……! こりゃ笑いが止まらんわ~」

アンクト寺院をあとにしたスペクトは、ボッタクル商店に訪れていた。

そして、ここでも狸人族ポンタスの店主、ムジナが大笑いしていた。

「金は天下の回り物! 今はウチんところに回ってくる時や! まさに時は金なり!!」

どこかで見たような光景だ。

あまり正しくないことわざの使い方も含めて。


「マーカーラベル、売れているようですね」

「ええ、旦那~。いい商売させてもらってますぜ」

迷宮の冒険者の遺体に貼って、回収座標をアンクト寺院に送るアイテム『マーカーラベル』と『マーカーラベルを作るための素材』の販売は、ボッタクル商店に一任している。


「何より、あンの業突く張りのアンクト寺院のアガリをかすめ取ってるかと思うと、笑いが止まりませんぜ」

もちろん、両者が得をするように調整している。

アンクト寺院は蘇生の効率化で利益を上げているし、ボッタクル商店にもマーカーラベルの売り上げが入る。

この守銭奴司祭と悪徳商人のふたりだって、それは理解しているはずだ。

理性の面では……。

だが、内心では少しでも相手の上を行きたいと考えているからこそ、このような態度を取っているのだろう。

「アンクトの狐おばはんの悔しそうな顔が目に浮かぶわ、ヒャーッヒャッヒャッヒャ……!」

少しは内心を隠してほしいとも思うが……。


もちろん、この施策は狐狸コンビを笑わせるために行っているのではない。

新人冒険者の生活基盤の充実がメインだ。

マーカーラベルの生産と、その素材の収集は、シェリグ・ゲイムの酒場で冒険者に日替わり依頼デイリークエストとして出している。

依頼主はボッタクル商店。


錬金術師のいる一党ならば、マーカーラベルの生産と素材の収集、両方の日替わり依頼デイリークエストをこなせば良いし、錬金術師のいない一党でも素材の収集をこなして報酬を得ることができる。


「しっかし、こんなどぎつい商いを提案してくるなんざ、涼しい顔して、やっぱ旦那もこっち側なんですね~」

「ム……」

どぎつい商い……。

たしかにマーカーラベルの施策は、アンクト寺院の蘇生事業を効率化し、ボッタクル商店に新しい商売を作り、冒険者たちには死亡・全滅時の保険となる。

そして、迷宮運営は冒険者の減少に歯止めをかけることができる。

アンクト寺院、ボッタクル商店、冒険者、さらには迷宮運営にとって、一挙両得となっているように見えるかもしれない。

「シッシッシ……冒険者さん方に、死ぬよりもシンドイ目を用意してくるなんて……」

だが実際には、迷宮内で灰となって朽ちていくはずだった冒険者の財産と人的資源を回収して、再分配しているだけなのだ。

蘇生された冒険者は、背負わされた蘇生費用を稼ぐために、再び迷宮に潜ることになる。

「いやー、良くできた仕組みですよ。流石は旦那だ」

冒険者にとっては、迷宮で朽ちた方が良かったのか、それとも蘇って戦って死んでまた蘇るサイクルを続ける方が良かったのか。

「私だけのアイディアではありませんよ。複数の組織をまたぐ施策の原案を魔王様です」

「あれ? そうなんで?」

……嘘ではない。もちろん、細かい仕様の作成は私の仕事だが……。

だからといって、冒険者たちに対して罪悪感など抱いては、決してない。


「ところで、もうひとつの新サービスの方はどうですか?」

「ああ、お得意様VIPサービスの方ですね」

お得意様VIPサービス……ボッタクル商店での鑑定や売却の利用状況に応じて、冒険者一党パーティお得意様VIPレベルを設定。

《VIP》レベルに応じた割引や来店特典有償ログインボーナスなどのサービスを実施する。

「まあ、冒険者さん方には好評ですよ」

ムジナが今一つ乗り気ではないのは、お得意様VIPサービスが本来、競合他社に差をつけるためのものだからだ。

そもそも迷宮探索専門の冒険者に対して、独占商売を行っているボッタクル商店にとっては必要のない施策である。


だが、この施策によって冒険者たちの暮らしは格段に向上できる見込みだ。

そうなれば、装備や設備にかける金額も上がり、生存率も向上する。

迷宮運営にとっては、迷宮入場者の維持、増加につながるメリットがあるのだ。


決して……冒険者たちに対して罪悪感を抱いては、決してない。

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