第43話 男には引っ込みがつかない時と部位がある

「ごめ――」

「それは運が悪かったな」


 小心者の俺は耐えきれずに自白(ゲロ)しそうで喉元まで「ごめんなさい」が出かかっていたのに、ベルは罠の件は知らぬ存ぜぬを貫くつもりらしい。こういうのは引っ込みつかなくなる前に素直に白状した方が良いと思うぞ。


 ――素直と言えば前世で仲の良かった加藤君だ。

 中学時分の加藤君は、無個性な自分を許容できない所謂中二病患者であり、素直さとは対極に位置する天邪鬼であった。中学生当時から強い個性を発揮し大物へんたいの片鱗を見せ、本物としての頭角を現していた。だが本人は自分の在り方に納得がいっていないらしく何を勘違いしたのか自分を『一般人』だとカテゴライズしていた。地元勢や同学年の生徒たちからは満場一致で普通ではないという評価を下されているのにもかかわらず、己の変態性を過小評価し、俺たちと同じ一般人グループに属していると主張していのだ。

 中二病のブーストもあって当時の加藤君の奇行の数々は悲惨の一言であった。自分を特別な存在だと思いこんでいるのがひしひしと伝わってくる、見ているこちらが恥ずかしくなるような共感性羞恥を誘う奇行を狙って繰り返す。違う種類の靴を一足ずつ履いて違う靴で登校してきたり。人気アイドルや流行りのアーティストを意味もなくこき下ろし。授業中に「やられた! こちらは囮で、あっちが本隊だったか……!」とぶつぶつ俺にだけ聞こえるように言ったりと枚挙に暇がなく今思い出しても顔が熱くなってくる。

 あの当時の加藤君に大人になった俺から言ってやりたい。無理をしなくても君は普通じゃないから安心しろ。十分に強い個性を持っていてむしろ迷惑だから抑え込め。大人になってもそれは変わらないからな、と。

 奇行のなかでも特に鬱陶しかったのが、自分が楽しめないことを他者が楽しんでいるのが許せずあからさまに見下した態度で接してくるという天邪鬼の真骨頂みたいな振る舞いと。自分が好きなものが一位でそれ以外は等しくゴミであるというひどい理論の押し付けだ。たとえば、俺がイチローが好きだと言えば彼は松井を上げてイチローを貶めてくる。さしもの俺もこの件だけは看過できず静かに怒りを表明した。どちらも優秀なバッターで日本球界の誇りであり、特に松井は誰かを下げなければ認められぬような選手ではない。君の言は松井にもイチローにも失礼である――そう論破してやった。すると加藤君は挙動不審になって別の話をしだして場を濁した。そしてなぜかそれ以降パワプロの対戦をしてくれなくなってしまった。まるで野球選手の話題から逃れるように。

 意外に繊細でどこにプライドを置いているのかわからないへそ曲がりな加藤君。彼を操縦する術を学んだのもこのあたりで、ちょうど中学生活を謳歌している時期だったように思う。

 そんなある日、地元の友人達とラーメン屋に行った際のことだ「コショウ好き過ぎてヤバいんだよねぇ。けっこう種類にもうるさくてさ」と初めて聞く設定を聞いてもいないに自慢げに話し始める加藤君。

 テーブル席に等間隔に置かれた青い筒のGABANを手に取りしげしげと見つめながら、インターネットで仕入れたばかりの体系的に学んでいないのがバレバレな、ただの情報としてのコショウうんちくを語りだす。

 GABANの成り立ちや歴史は興味あるが加藤君の説明は絶望的につまらなかった。最終的に、「若さとは振り向かないことさ――」という当時ギャバンをネタにする際のコテコテのオチとして定番化していたものをさも自分が考案したかのように使って話のしめにした。

 程度の差はあれど、みな「ふーん」ぐらいの反応しかしなかったのが加藤君は気に食わなかったのだろう。気に障ったのだろう。ラーメンが運ばれて来るや否や今までの失点を取り返すがごとく猛然とコショウを振り掛けはじめる。

 それではかけ過ぎて味が変わってしまい作ってくれたラーメン屋さんに失礼だろう――そう説教をかましてやろうとしたのだが、まだまだ道徳よりも目先の友情を優先しがちな中学生だった俺は、先日も同じようなパターンでパワプロをやらなくなってしまったのを思い出し加藤君の奇行を止めるとのを思いとどまってしまう。


 そこで事故が起きる。


 加藤君が興奮気味にコショウを掛けていると不幸にも――我々にとっては幸いにも、偶然コショウの蓋が取れてしまい中に詰まっていたコショウが全てラーメンのどんぶりへと流れ出てしまったのだ。我々地元勢は心の中で静かに歓声をあげた。それみたことか食べ物で遊ぶから罰が当たったのだ、と。

 一瞬戸惑うようなそぶりをみせる加藤君だったが「今日はいつもの半分ぐらいかぁ」と無駄ばかな虚勢を張り、大した音も出せないくせに指の関節をパキパキと鳴らして戦闘モードに移行する演出を披露した。動揺しているのは明らかだったが、俺たちは「それがコショウ好きな加藤君にとっての普通ノーマルなんだもんね」という体で特段驚きもせずに平静を装いながら彼の行動に注視した。

 金魚すくいのポイよりも根性の薄い加藤君のことだ、どうせすぐに心に穴が開いて諦めるだろうと思っていた。コショウを無駄にしてしまい迷惑をかけたラーメン屋には一緒に頭を下げてあげるつもりだった。しかし地元勢の一人が「加藤君って確か早食い自慢してたよね。俺とロット勝負バトルしようぜ」と、最近つけくわえられたばかりの早食い設定を持ち出すという鬼畜の所業で追い打ちをかける。

 砂山かというほど盛られたコショウに、油の層によって熱が逃げくい仕様の熱々のラーメン。これを早食いするなど根性なしの加藤君には不可能だ。もう謝ってしまえ。みながそう思った。だが、追い詰められているはずの加藤君はまたしても無駄な虚勢ガッツを見せて勝負を快く受け入れて、まだ熱々な麺を箸で大量にすくい一気にすすり始めたのだ。

 初動の勢いはよかった。だが巧妙に躱していたコショウが麺に絡みだすと途端に上手く吸い込めなくなり、バフバフとむせて麺は咥えられたまま宙に停滞してしまう。口から大量の麺が繋がったままでいる姿がはまるでFF6のボス、オルトロスのようだった。口呼吸が完全に封じられ鼻呼吸に転じるとテュポーン大先生よろしく顔を真っ赤にして鼻息でコショウを吹き飛ばす。一人コロシアムとかした加藤君だったが、知性ある文明人の食事風景とは思えぬほどテーブルを汚しつつも最終的には見事に全てたいらげてみせた。どうせ残すだろうと踏んでいた我々は加藤君の虚勢いじを素直に称えた。最後はどんぶりに浮いているコショウを見た店主に全員がしっかりと怒られるというオチまでついて俺たちの青春の一ページを飾ったのである。


 翌日、加藤君は原因不明の急性気管支炎で学校を休む。若さゆえに過去は振り向かずこだわらないのか、本人は理由は不明であると言い張っていたがまあコショウで確定だろう。

 そしてそれ以後ラーメンにコショウをかけることはなくなった。コショウが好きすぎる設定もどこかへと消えて早食い設定も消失していた。

 こうして意図して作られた個性を捨てた加藤君はコショウが好きすぎる早食いのヤバイやつから、ただのヤバイやつとして俺たちの心に残ったのだった。


 嘘というのは引き際が肝心である。人を笑わせる嘘もあれば騙すための悪意ある嘘もある。嘘は冗談の域を出る前に引っ込めなければ後々身を滅ぼしてしまう。加藤君はそれを俺たちに教えてくれた。己の喉を犠牲にまでして彼は嘘の危険性を示してくれたのだ――



「ああ、そうだな。罠にかかったのは私の修行が足りなかったからだ……。面目ない限りだ」

「以後気をつければいい。罠には目印がしてあるのだから普通はかからん」

「返す言葉もない……。よく見ればわかったはず。大熊に遭遇したせいで見落としてしまったようなのだ」

「そ、そうだろう。よく見えればわかる位置にあるだろう」

「まったく不甲斐ないばかりだ。己の未熟さに恥じ入るばかりだ」

「…………」


 ほら、ベルが隠すからどんどん気まずい空気になっているじゃないか。ネネネが素直で良い子っぽい分、余計にこちらの罪の意識を刺激してくる。刺激するなら愛棒だけにしてもらおうよ。お返しに心地よい刺激を与えてあげようよ。


「ごめんなさい! あなたがかかった罠なのですが、僕が仕掛けたやつかもしれません!」


 かもしれないではなく間違いなく俺たちの罠なのだが。

 ベルはそっぽを向いて尻尾を丸めた。

 おい、てめぇも共犯だろう。ここに至って責任逃れしようとはいい度胸してやがる。この場所にしようって一緒に決めたの忘れてないからな。「流石ユノ様、これなら獲物が進んで入ってくるでしょう」とか太鼓叩いて尻尾振りまくってただろお前。今さら裏切るならお前の肛門括約筋を裏から切ってやるからな。


「左様でしたか。この猫人の目をも欺く見事な罠の配置、実に見事です。感服いたしました」


 やめてください。かしこまらずに怒ってください。せめて感服はしないでください。罪悪感で愛棒が萎れていきます。

 罰ならなんでも受けます。俺を皿として一生使ってくれて構いません。毎朝上質なタンパク質たっぷりのバナナヨーグルトをお出ししますのでぜひ召し上がってください。今すぐに試食品をご用意しますがいかがでしょう。愛棒、準備はいいな?


「あ、いや……怪我をさせてしまったのは僕ですから、そんなかしこまらないでください。重ね重ねになりますが誠に申し訳ありません。僕が治癒魔術でも使えたらよかったのですが、謝る以外にできることもなくて……」

「なんとお優しい……」


 いや優しくもなんともないだろ。そもそもの怪我の原因は俺たちが罠を仕掛けた事にあるわけだし、優しさの対極に位置している。鬼だよ。


「そうだ。チェリー、この人を治療できるかい?」


 俺の怪我を何度も治してくれているチェリーならネネネの怪我も治せるかもしれない。


「チェリーデス……ヘトヘトデス……」


 チェリーにいつもの元気はなくどこかやつれてみえる。


「あっ、そうか。僕の脚を治してくれたときに魔力を使いきってしまったのか。急に呼び出してごめんねチェリー。僕の中で好きなように魔力を吸ってていいから、ゆっくり休んでておくれ」

「ヤター」


 げっそりしてた顔で弱々しく拳を上げて喜ぶチェリー。できれば両手に包んで直接魔力を流してあげたいところだが、チェリーは人前に姿をさらすのを極端に嫌うので、今は俺の中で自動充電してもらったほうが都合がよさそうだ。

 

「精霊と意思疎通をとられておられる……貴方様は本当にハミコ様の」


 大森林の住人はハミコ様補正が入ると老若男女問わず一瞬でデレるらしい。

 先ほどまで女騎士のように死ぬ死ぬ言っていたのがこうも瞬間解凍されると挨拶に困ってしまう。

 好意的になったいまならば唐突に愛棒をハミ出しコ様したらどんな反応をされるのか興味わいてきた。チャンスがあったらはみ出させてみるか。いや、女性に愛棒を見せる好機チャンスってなんだ。そんなの童貞を捨てるときぐらいしかないだろ。


「足の具合はどうでしょう」

「お気遣いなく。心配はご無用です。これぐらいならば少し休めば――ぁっ」


 立ち上がろうと腰を浮かせるもすぐに尻餅をついてしまう。そのさいに揺れる胸を魔力を込めた目でスローにしてみせてもらったが、子供にしてはボリュームがありすぎてバウンド回数が規定を超えていた。

 逆に犯罪だろこれ。見たところ14歳かそこらだが、もし俺と同年かそれ以下ならば小児爆乳罪が適用される可能性もあるしカウパー窃盗罪での検挙も可能だろう。カウパーの窃盗が成立したなら尿路姦通課に勤務する俺が尿路交通法違反の疑いで取締ってやる。警棒代わりの愛棒で白バイを飛ばして違反切符を中出ししてやる。


「危機が去ったと思った途端に痛みが増してきました……情けない、骨をやってしまっているようです」

「…………」

「…………」


 どうかんがえても俺たちのせいなのでやはり気まずい空気が流れる。

 

「あの、一つよろしいですか」


 おんぶしてくれとか、抱っこしてくれと、駅弁スタイルで家まで運んでくれとか、なんでも応えてあげるよ。


「一つと言わず何度でも。なんなりなりとお申し付けください。僕にできる範囲の願いならばどんな要望にも必ずお応えいたしましょう」

「それは頼もしい……」


 逞しい愛棒も見てみるかい?


「ではわがままを一つ……私を殺してください」

「…………」

「…………」


 


 ねぇ、すぐ死のうとするのやめなー?

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