第41話 ある貧血、森のな浣腸、熊さんにんにく であったんこぶ


 早朝。陽は樹木に遮られて大地には届かず、背の低い植物はわずかに漏れ出た光りを競うように奪い合う。それはまるで工業高校電気科に入学した女子を奪い合う男子の様。朝の森には特有の水気を含んだ澄んだ涼しい空気が流れている。前世ではそうそう味わうことのできなかった自然を感じさせる緑の風を受け、肺一杯に吸い込むと気分が高揚し今日も一日頑張ろうという気力がわいてくる。なんて――深呼吸などしなくても朝からレイを可愛がっているだけで気力は充填されるし、むしろレイの腹に顔を突っ込んで深呼吸したい。朝露の香りとかどうでもいいからレイを犬吸いしたすぎるだろ。


「さて今日はどこへ向かおうかな」


 狩りに行く前に言ういつも通りの言葉なのだが、こういう主体性のないところが俺の明確な短所だと思う。デートの約束をしていて待ち合わせ場所におくれて到着した女性が、男性側から第一声に「今日はどこ行く?」などと言われたらどう思うか。「ノープランかよ。計画性も主体性もない男は甲斐性もなくてセックスも下手だから放流で」と、なるのは必然。やってもいないのに愛棒の相性も勝手に決めつけられて去られてしまうのだ。

 アリーシャと再会する前になおしておくべき短所だ。アリーシャとのデートは一度だって失敗できない。一から十まで計画を立てよう。デートに費やす歩数からセックスの際の抽挿回数と発射タイミングまで綿密な計算をし。自己中心的にならない範囲で主体性をみせて相手の意見も尊重しアメリカンでマッチョな男らしさも時折主張しつつ、力技の体位ばかりではなくテクニカルな一面を披露して独りよがりにならない満足のいく性体験を提供。子供が一発着床しても老後まで安定して暮らせるプランをプレゼンして甲斐性をアピール。ここまでしてようやくアリーシャに愛想をつかされないレベルで、ここからさらに惚れてもらうにはこれ以上の努力が必要になってくる。


 経験がないから知らなかったが、恋愛ってデート一つとってもこんなに難しいものなんだな……。世の恋人や夫婦はこんな山場を乗り越えてきたのかよ。


「先日仕掛けた罠がありましたよね。それを確認しにいくのはどうでしょう。もし罠にかかっていなければ別の場所に仕掛けなおして、そのあとに前々から行きたがっていた西側の探索でもしてみましょう」


 自己中心的にならない範囲で主体性をみせて相手の意見も尊重しアメリカンでマッチョな男らしさも時折主張するベル。次はセックスのテクニックを披露されるのだろうか。


「いいねそれ。探索もしてみたいけど雌鹿なんかが罠にかかっていると最高だなぁ」

「雌鹿の肉は柔らかくて美味いですからね」

「柔らかい三十代のメス豚も好きだぜ」


 うっかり思っていたことが口からもれてしまった。

 ベルは眉を一瞬上げるだけの驚いた無表情という離れ業を見せたあと「フッ」と軽く笑う。


「冗談もうまいのですね」


 一切冗談などではないのだがしつこく性的嗜好を語ってベルにひかれても面白くない。今回は仕方ないので笑って誤魔化そう。


「アハハ、そうかい? ふっくらした熟女もいいと思うんだけどなー。狼人はみんな細身だからピンとこないかな」

「フフッ」


 誤魔化すつもりが追撃してしまったが、ベルは視線を落として目を瞑り軽く笑ってくれた。何をしてもイケメンで様になるのがだんだん腹立ってきたな。

 いつか猥談をしながらベルと酒でも酌み交わしたいものだ。イケメンで優しくて忠義に篤くて狩りが上手い優等生……こういうやつほどえぐい趣味を持っているはずなんだ。頼む持っていてくれ。つま先立ちしながらシコらないと射精できないとか、そういう弱めのやつでもいいんだ。そうじゃないと特段長所もないのにえぐい性的嗜好を持っている俺が惨めじゃないか。


「じゃあ今日は西からだね。えーっと、水も干し肉も持ったな……よし、行こうか」

「はい」


 いつもこんな調子で狩り場周辺に着くまでは無駄話をしながら歩いている。狩り場につけば連絡報告以外の用途で口を動かさないのが狼人族の狩りの鉄則だ。間違っても口でシテもらうなんてことはできないし、間違って男の口に入れることはないので間違いはまず起こらない。


「そういえば、前に話していたベルの好みの女の子、白い毛並みの子なんてうちの村にいたっけ?」


 今日の話題はベルの好きなタイプでいこう。


「白い毛並みの娘はうちにはいませんね。別の部族にはいますが」

「ははぁーん、それがベルの想い人というわけかい」


 などと下種の勘繰りをしたが首を横へ振られてしまう。


「特別好きだとか決まった相手がいるわけではなく、なぜか妻にするならば白い毛並みの娘が良いと昔からぼんやり思っているんです。見た目に拘ってわざわざ他部族の娘を娶ろうとは思いません」

「…………」


 白毛以外娶るつもりはない……? つまり俺の妻になりたければ白髪になれと、取り巻きの木っ端どもに輪姦させて精液で真っ白に染めるつもりか。そして事後、そんな汚れた体の女などいらんと言って捨ててしまうのだろう。絶望にくれる少女は犬にかまれたとでも思って諦めろと言われるが、行為を録画したビデオが裏で売られていてさらなる悲劇が続き――けしからん。イケメンだったらなにをしてもいいのか!!


「運命的な出会いをもとめているってこと?」

「運命ですか……言い得て妙ですね。自分でもなぜ白毛に拘っているのかわからなかったのですが、そうか、運命か……」


 勝手に腑に落ちないでくれ。

 おいまさか、スライムのころからの白さを引き継いだチェリーを狙っているわけではあるまいな? この野郎フィギュアにぶっかけるタイプの輩か? 欲しかったが高くて手の出せなかったフィギュアを中古で手に入れるもブラックライトを照射してみたら反応があった時の被害者のやるせなさを知らないのか。


 下らい話で上質なコミュニケーションをとり、なんやかんやとベルと駄弁りながら歩くこと一時間。目的の狩り場へと到着する。辺りには目印代わりに折った枝を周辺の樹の高いところに糸で釣るしてあり。こうやって他の狼人や他種族が罠にかからないように配慮している。稀に獲物を盗まれてしまうこともあるのだが、それは誇りを大切にする狼人や警戒心の強い猫人族ではなく、野生の熊などの肉食動物が殆どだ。


「かかっていませんでしたね」


 今回は残念ながら獲物はかかっていなかった。

 べつに珍しいことではないのでそこまで落胆はしない。


「足跡は近くにあるから惜しいところまではいったのかもね。罠がバレちゃったかな」

「やつらも生きるのに必死ですので周囲を常に警戒しています。少しでも変化があれば罠にはかからないとじいも言っていました。我々の練度不足もあるでしょうし経験を積んで高みを目指しましょう」


 ゲームオーバーのあとにアドバイスをくれるミニキャラみたいな解説だな。


「罠が失敗した形跡はないから、そうなるとベルの言う通りもっと隠し方を工夫したほうがいいわけか――」


 罠をいじろうとすると茂みの先で音が聞こえた気がして動きを止める。ベルも気づいたようで耳を立てて辺りをうかがっている。

 よくあるのが他のチームと被ったパターンである。スズ村の男たちはみんな好きな時間に出発する。というのも、早朝にしか動きをみせない獲物から昼行性や夜行性の獲物まで様々な時間の獲物がいる上、場所も時間や季節によってもかわるのでシステム化がまだ進んでいない。いずれは改善しようと思っていた項目の一つではあるのだが、狩猟に慣れたばかりで上手いわけでもない俺が新システム導入の提案をしても抵抗があるとみて今は黙って従っている。

 いきなり新システムを提案するよりもジャブを打ち込んでいた方がいいかもしれない。今度の集会でバッティングの不毛さと効率の悪さを議題にあげておこう。


「見に行こう」

「はい。音に違和感がありました。大熊か魔物かもしれませんので警戒を怠らず」


 バッティングしたからといって無視するわけではない。倒す手は多い方が良いに決まっている。大イノシシや熊と闘っているならば手伝った方が狩りの効率は上がる。恩を着せるわけではなく当たり前の事だから手伝いにいくのだ。


「ベルは耳が良いね」

「フッ、とんでもない」


 俺からすると僅かに聞こえた音で熊か魔物かと予測を立てるなんてのはとんでもないことなんだけど……とんでもない? とんでもない、豚でもない、ブタでもない……メスブタでも満更でもない!? またメス豚の話するの? いいよ、そういう話好きだから。


「近いです。これは交戦しています!」


 獲物と交戦している最中ならば抜き足も差し足もない、全力で駆けるのみだ。

 ベルとほぼ同時に土を蹴る。茂った藪が少々鬱陶しく感じるが、その中を飛び込むようにして突っ切る。魔術で根こそぎ吹き飛ばすことも出来るが森に個人の都合を押し付けてはいけないというのがスズ族の習わしであり、自然破壊はエルナト先生に怒られるのでご法度だ。


「うおっ」

「むっ」


 駆けた先にはベルの言う通り熊がいた。ただ大きさが尋常ではない。

 三……いや四メートルはあるか。前世ではまずお目にかかることの無い大きである。

 流石に物怖じしてしまう大きさなため、一瞬動きが止まってしまった。

 ベルも警戒の色を強めた顔つきになっている。鼻筋の通った良い面である。イケメンは無表情でも当然イケメンだ。イケメンの真骨頂は無表情にある。鹿の糞でも鼻に詰めればさすがにイケメン度は下がるか……いや、それでもイケメン度は損なわれず、むしろそんな悪戯をした俺の人間性が地に落ちるだけだろう。


「ん? あれ……足元に」


 見上げるばかりの大熊よりも更に気になるものを視界の隅に捉えた。

 巨大な熊の足元、そこには黒髪の少女がへたり込んでいたのである。

 うちの村では見ない衣服なので違う村の子なのだろう。

 違う部族とかち合うのは珍しかった。そもそもこの場所に罠を仕掛けていたのも、他の部族と狩り場が被らないようにするためだ。


 黒髪の少女は熊と同時にこちらを見て、獣耳をピンと上げながら警戒の視線を向けてくる。その可愛らしい反応に愛棒もピンとしそうだったが今はそれどころではないので自重してほしい。突然藪から現れた男が自分を見て勃起していたらどうする――俺だったら問答無用で岩の拳を放って永遠に使用不能にしてやるところだ。

 藪から人が突然飛び出してくれば誰でも驚くし警戒するのは当然の反応だろう。俺なら漏らしていたかもしれないが少女のお股の様子はどうだろう……残念ながら漏れてはいないようだ。君にはがっかりだよ。


 倒れるように座っている少女の横には小刀が落ちていた。状況から察するに少女が熊に襲われていたということで間違いないはず。とてもではないが熊のような男とデートを楽しんでいるようには見えないし、熊が襲われているわけでもない。


 熊も突然の闖入者に一瞬ひるんだ様子だったが、こちらを向いて立ち上がり自分を大きく見せるように手を広げて威嚇し、口を震わせて咆哮をあげた。


「こっここここれは大物だなベルルー」

「まっままままばったくですね」


 四メートル越えの熊の威嚇があまりにも怖すぎて二人して怯んで竦みあがったが、なんとか平静を装おうため会話してみるも見事にブルって震えた声になってしまった。漏らさなかっただけでもほめてもらいたい。アリーシャならコップ二杯分は出してくれていたはずだ。


「どうやらやる気みたいだね」

「これだけ食い応えがありそうならばこいつだけで食糧庫が何月持つか」


 熊の大きさに怯んでしまっていたがベルとの会話で余裕を取り戻す。二人して膝は震えているが決して弱音は吐かない。


「レイの喜ぶ顔が浮かぶようだね」

「村の子供たちもさぞ喜ぶことでしょう」


 死が間近に迫ると子孫を残そうと勃起するらしいが、確かに愛棒に若干の熱を感じる。俺が真っ先に思い浮かんだのはアリーシャの笑顔で、その次が毎日見ているレイのアヘ顔だった。しかしこの窮地にベルは真っ先に子供たちの喜ぶ顔を思い浮かべていて……




 さては貴様、同好のロリコンだな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る