第25話 山地の魔物討伐戦・3


「射ち方用意! 目標は中央前衛!」


 エスト隊の射手が弦を引き絞る。


「放て!」


 斉射が刺さり、敵が何体か倒れた。


 幸い、アンロードにディケランほどの耐久力はないらしい。眼下ではシモンの投げるジャベリンがやつらの頭をえぐり抜いたところだ。


 敵が中央のシモン隊へ殺到する。


「続けて射撃せよ!」


 俺は視線を前に向けた。

 一部の敵がこちら側へ押し寄せてくる。


「歩兵、盾構え!」


 命じた瞬間に矢が飛んでくる。

 こちらも3、4名が倒れた。

 報復とばかりにジョリ隊から矢が飛び、敵の射手を狩る。


「けが人を後ろへ。くるぞ!」


 ゴブリンたちと柵越しの攻防が始まる。

 上から斬れる分だけ楽だ。鎧の隙間を斬っては刺し、柵の隙間から槍で突いて確実に討ち取っていく。


 しかし、それは向こうも同じなわけで……。


「射手、こっちはいい! シモン隊の援護に集中しろ!」


 あちらは頭上から繰り出される猛攻に難儀していた。


 荷車を使ってどうにか防いでいるが、踏み破られたら一気に流れが決まりそうな形勢だ。今はシモンの奮闘で維持されているが……。


「騎士の旦那に兵士の旦那、頭を低くしておけよ!」


 ジョリ隊の冒険者が叫ぶ。思わず身を屈めると、シモン隊を飛び越した氷の槍がアンロードたちへ次々と襲い掛かった。


 敵がひろんだところで火焔が弾け、遅れて爆音が響く。前方の油に引火し、敵の勢いが少しだけ弱まる。


「何あれ、すんご……!」

「中級魔法スキル! やるじゃねーか!」


 図らずもジネットが答えてくれた。

 忘れてたけどスキルってのもあるんだっけ。


「ぼさっとすんな、デカブツが柵を回ってくるぞ!?」


 ジネットは最前でディケランと戦う。

 柵を踏み台に飛びあがり、回転しながら目を斬って着地。痛みで身を屈めて叫んだ口に剣を突きこんで喉を掻っさばく。


「さすが!」

「こんなの雑魚だっての!」


 言葉のわりに得意げだ。

 ダンジョン管理者の部下だけあって、魔物と戦い慣れている。


 彼女の活躍もあり、我が隊の持ち場はまだ安泰。問題はやはりアンロードと交戦しているシモン隊だ。射撃と魔法でたまに持ち直すが、基本は劣勢が続いている。


「閣下!」


 ジョスランも気になるようだ。

 俺は首を横に振ると、ジネットへ叫んだ。


「ジネット、ここは任せるぞ!」

「おう! ……え? はぁ!?」


 味方をかき分け、ジョスランのほうへ走る。


「シモン様のところへ増援を」

「こらえろ。ジョリ隊の安全が優先だ」

「でも」


 グズる中年の目を見てあやす。


「俺が行く。木の槍を貸してくれ」

「……わかりました」

「あー、そうだな。石を投げて支援しろ。くれぐれも味方に当てるなよ?」

「はい! 棒も使いますか?」

「ナイフを括りつけよう。皆も手伝え!」


 十数本の木槍と同じく、十数本の棒にナイフを取り付けたものを抱えてシモン隊の後尾へつく。


 うおぉ、荷車の前から肉食獣みたいな息遣いが漏れてくる……これは怖すぎる! 自分のふとももを4回叩き、どうにか味方へ声をかけた。


「後列の者、これを使え!」

「閣下!? どうしてここに――」

「話は後だ! 前列の隙間を縫って、怪物の喉を狙うぞ!」


 言いながら俺も狙いをつける。

 ちょうどシモンの兜を掴んで引っ張り上げようとする敵がいたので、脇からヌッと喉を貫いた。兜がすっぽ抜け、落っこちたシモンが下から挨拶する。


「閣下」

「敵は帽子が気にいらないってさ」

「色男は妬まれて困る」


 彼の手を握って立ち上がらせる。


「代わろう、少し休め」


 最前列に立つ。

 眼前には荷車を乗り越えようとするアンロードたち。兜の奥のギラついた瞳と凶猛な殺意を目撃し、腹の底がブルブルと震える。


 こ、怖えぇぇぇぇ……!


 これ知ってる。

 見覚えがある。


 8月某日と12月某日の国際展示場駅コミケ会場

 その始発が到着したときに繰り広げられる光景だ。


「開幕ダッシュはやめろって言ってんだろおおおお!」


 己を勇気づけるためにともかく叫び、巨大な怪物を槍で突く。その瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。よろめいた拍子に槍が半ばから折れ、別のアンロードに喉をむんずと掴まれる。


「ぐっ……」


 あ、握力!

 天然リンゴ粉砕機かよ!

 ヤバい、死ぬ……!


「閣下!」


 誰かが敵の腕を切断してくれた。

 バケツ兜ちゃんだ……!


「ハァ、ハァ、助かった」

『馬鹿野郎! どこに投げてんだテメェは!』


 ジョスラン……お前の部下かよ……。

 バケツ兜を撫でてから横を見る。


「まずい!?」


 敵が空堀へ向かっている!

 アンロードは仲間の死体を穴へ投げ込み、底の棘を塞いで踏み越えようとする。


 強行突破するつもりか。


「シモン、横だ!」

「近づかないで」


 シモンが余裕のある声で静止してくる。

 彼に肩を組まれて立ち止まると、穴の底から登ってきたアンロードたちがいきなり転倒して底へ落ちていった。


「えっ」


 指をかけた直後にずり落ちるのもいる。

 いったい何が……?


「シモネス教会がなんであそこに建てられたか知ってます?」

「立地の便がいいからだろ」

「それもありますが――アレですよ」

「……苔?」


 よく見ると、濡らした苔に何かを塗ったものがばら撒かれている。


「滝裏の近道を通ろうとして、苔で足を滑らせる死者が後を絶たなかったからです」

「それでシャガール家は滝ノ裏城を」

「13年前、ガストンの手下どもにも喰らわせてやりましたよ」


 穴を這い上ろうとする敵は簡単に撃退できた。

 死体が増えたところで穴底の油に火を放つ。


「魔物ども! 我らを破るには数が足りなかったようだなぁ!」


 シモンが味方を鼓舞している。

 味方の犠牲よりも討ち取っている敵のほうが多い。全体的にどうにかなりそうだという空気が蔓延した次の瞬間。


 ――ゴロロロロロ……!


 鋭く重苦しい音が山間にこだました。


「なんだ?」

「貴族の旦那ァ! こいつぁトルニスどもの鬨の声だ!」


 クザンが呼びかけてきた瞬間、右手の坂上からけたたましい鳴き声が響き渡る。合いの手のように重苦しい音も鳴り、二足歩行の大きな鳥に乗ったモグラたちが出現した。


「敵襲!」

「ちくしょう! 新手だ!」


 不安定な斜面を全力で降りてくるだと!?

 少なくとも70はいるぞ!


「ジョスラーーーン!」


 ありったけの音量で叫ぶ。

 彼はすぐさま横の油に火を放ったが、敵はものともせずに侵入してきた。


「嘘だろッ!?」


 モグラ騎兵、もといトルニスたちは重ねた丸太――人の頭まである障害物を余裕で飛び越えてくる。しかも二手に分かれており、右と後ろから突進してきた。


 配置しておいた小隊やジョスラン指揮下の兵が応戦するが、数体が脇を抜けてしまった。冒険者たちはパニックに陥り、すべての狙いを騎兵のほうへ変える。


「標的を変えるな! 対処の手は足りている!」


 必死に命じるが聞く耳をもたない。

 彼らは戦の経験に乏しいから、パーティメンバーではない友軍の役割を信じることができなかったようだ。


 シモン隊を支援する弾幕が薄くなり、アンロードたちが強攻をかけてくる。ついに荷車を乗り越えられ、徐々に橋頭保を築かれた。


 横と後ろを取られたエスト隊――今はジネット隊――が動揺する。前の敵と争いつつも包囲されるのではと混乱し、動きに統一感がなくなった。柵を破壊され、ジョスラン隊のほうへ後退していく。


 それを見たジョスラン隊も支え切れなくなるのを恐れて退く。隙間を通ったトルニス騎兵が、ジョリ隊の後方へ配置した兵を背後から挟撃する。


 広がる劣勢。

 見るからに崩れそうな雰囲気。


 一気に恐慌が伝搬し、数名の冒険者たちが荷車を飛び越えて逃げた。


 それを皮切りに、大多数の兵が潰走を始める。


「退くな、踏みとどまれ! 背中を見せると犠牲が増えるぞ!」

「ムリだ、閣下! もう持ちこたえられん!」

「ぐ、ぬぬ。撤退だ! 列を乱さぬよう整然と退け!」


 その言葉に応えるものはごくわずか。

 大半の者は背中丸出しのまま、我先にと全力疾走している。


 こうなると展開は早い。


 ――俺たちは敗北した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る