第24話 山地の魔物討伐戦・2


「今までありがとう。元気で暮らせよ」


 馬の鞍と手綱を外して逃がしてやる。

 暴れられたら人手がかかってその分マイナスだ。


 逃走に使おうにも、俺の馬術じゃ崖からダイブして死ぬのがオチ。いざとなれば、50メートル走で6秒台の己の両足だけが頼りだ。


「見ろ、閣下が馬を放たれたぞ!」

「歩兵を見捨てて逃げないという意思表示だ!」

「我らの将は、我らと肩を並べて戦われる!」


 なんか意図しない副次効果も生まれた。

 馬を見送り、冒険者たちの輪に近づく。


「ジョリ。冒険者を率いて街へ戻れ」

「……なんですと?」

「ここまでよくついてきてくれた。義務は果たしたものとみなし、帰還を許す」

「お待ちを。我らにだって意地があります」


 俺は首を振った。


「付き合って死ぬ必要はない。生き残るのも勇気だ」


「ウィスカンドのために死ぬのでしょう? それも冒険者の代わりに魔物と戦って。たったの30人で言うのも恥ですが、我々は仲間を見殺しにはしません」


「そうか」

「この件は二度と言わんでください」

「わかった。だが無理強いはなしだ。全員の意志を確認しろ」


 彼は憮然として、足を踏み鳴らしながら輪に戻った。


 しっかり休息を取ってから隊列を組みなおす。

 感覚的には朝の9時ぐらい。日差しが強くなってきた。


「……いいんだな?」

「恐れながら、くどいであります」


 無言のジョリに代わってクザンが答える。

 冒険者たちに脱落者はいなかった。


「よろしい。進軍を再開する」


 小粒な魔物たちを蹴散らしながら進む。

 難所を越えると道幅は広くなってきた。

 広くなったというか、起伏のある山の表面そのものを歩いている感覚だ。


「貴族の旦那、ここから先はわざと歌ったり笑ったりするのがいいぜ」

「なぜだ?」

「山にいるのは魔物だけじゃねえ。獣や魔獣を追い払うには威嚇すんのが一番だ」

「なるほど、そうさせよう」

「敵にも存在が割れてるみたいだしさ」


 確かにそうだ。

 手を組んでいる魔物が奇襲してきた時点で、アンロードはこちらの存在を把握済みだと考えたほうがいい。


 たびたび休憩を挟み、斥候を買って出た冒険者たちの情報を待つ。体感で3時間ほど経過したとき、行く手の山奥から唸り声と重い物音がこだまし始めた。


 ジネットと顔を見合わせる。


「お出ましかな?」

「今朝ののお返しを」

「そうとも。アルヴァラ人は礼儀正しいからな」


 周囲の者がわざと声を立てて笑う。

 笑い飛ばすことで士気を保つ本能的な態度だ。


 豪胆に構え、しかし慎重にゆっくり進んでいると、斥候に出ていた冒険者の女が戻ってきた。


「音の主はアンロード! ディケランにゴブリン、駆け鳥に乗ったトルニスもいます!」

「トルニス?」

「立ち上がったモグラみたいな魔物です。山の狩人と呼ばれ、雷のような鳴き声で獲物を追い立てます」

「敵の数は?」

「わかりませんが……大勢でした。100や200ではありません! 全員が防具で身を固めています!」


 軍全体に動揺が広がる。

 すると、ジネットが皆の前に躍り出た。


「うろたえるな! 簡単な計算だ。敵が何倍いようが、一人当たり数匹斬ればいいだけだろうが!?」

「た、確かに」

「むしろ多けりゃ多いほどいい! 武勲が向こうからやってくるんだぞ!?」

「言われてみれば」

「その通りだ」


 あまりにもシンプルな主張に兵たちが納得する。


「さすがはユリアーナ卿の側近。いい教育だ」

「教育、なんですかね……?」


 どうやらシモンも脳筋寄りの人間らしい。




 俺たちは手近な地形を確保して敵を待ち構えることにした。


 騎兵がいるなら動きを制限する必要がある。

 緩やかな沢を辿り、左から土壁がせり出して流れを狭隘にしている地点を抑える。


 そこから全軍を4つに分けた。


 沢の真ん中、壁を左斜め前に見る位置に歩兵のみのシモン隊。

 そこからわずかに後方へズレた右手の坂に、歩兵と射手のエスト隊。

 左手の壁に守られた後方に射手と魔法使い中心のジョリ隊。


 そして、奇襲や裏取りを警戒しつつ予備兵力として機能するジョスラン隊。


 それぞれ140人、90人、45人、50人を指揮する。


 軍中に遠距離攻撃者は55人。

 うち35人をジョリ隊、20人を俺の隊に振り分けた。

 敵を抑えながら十字射撃を加える予定だ。


「荷車で壁を作れ! 中央の歩兵と左の魔術師を守るのだ!」


 物資を運んできた荷車を盾にする。


 歩兵用の胸壁もどきと、遠距離職を守る半円形の壁もどきができた。後者に至ってはスッカスカだが、あるとないとでは心理的な安心感が違う。


「シモン隊と我が隊の隙間には穴を掘れ! その辺の木から枝を集めて柵にしろ! 細木を伐って先を尖らせ、敵のほうへ向けておけ! 穴の底にも置く! 急げ!」


 空堀と柵で最低限の防御機構を設置。

 これ、空堀っつーか落とし穴だな。

 ないよりはマシか。


「斧を貸せ! 丸太を重ねて陣地にするぞ!」

「苔を集めてこい!」


 ジョスランも木を伐採して重ね、シモンは何かを作っている。


「ここで使うのはもったいないが、背に腹は代えられん。前方に油を撒け。頃合いになったら火をつける」

「隣をご覧に。小川が流れております」

「わかってる。一時的に敵を分断する目的だ」


 前線から30歩ほど奥の平地と、我が隊の手前の坂や樹木に油を染み込ませた。



 連携の確認をしている間にも重い物音が近づいてくる。


 耳障りで恐ろしい鳴き声。

 大量の鎧がこすれてぶつかる音。 

 山を震わせる戦鼓のリズム。


「きやがった」


 ジネットのつぶやきで目を開く。

 ついに魔物の軍勢が沢筋へ姿を現した。


 主力は背の高い人間よりも大きくて屈強な魔物。平均して2から2.2メートルはある怪物だが、黒ずんだ鎧や兜で身を固めていて表情はうかがい知れない。


 ただ、隙間から覗く肌色は青系統……薄群青色で、口が見える兜の個体は牙のような犬歯を剥いていた。


 殺意満点で怖気の走る雄たけびを上げている。


「あれがアンロード」

「そうさ。あんだけの数は初めて見たが」


 飄々としたいクザンの声は震えていた。

 随行するゴブリン、ディケランも重武装だ。


「ふぅ……」

「アンタはアタシが必ず守る。命に替えてもな」


 ジネットが俺の腰へと手を回す。

 口調が崩れているな。

 さすがの彼女も取り繕う余裕はないか。


 だが、ありがたい。


 浅い呼吸を抑えて観察する。


 アンロードは報告通り200ぐらい。他の魔物は道が詰まって漏れているから総数は不明だが、音量的にどう考えても400、いや450はいる。


 325ちょい対450以上。素直にキツい。

 いや、ゴブリン多めでディケランが少ないのは不幸中の幸いか。


「旦那、トルニスがいねえぞ」

「……! 右側、我が隊からジョスラン隊の待機地点までにありったけの油を撒け」

「ハッ」


 急いで後ろへ走って呼びかける。


「ジョスラン!」

「ここに!」


「増援計画は中止! 2つの小隊を捻出しろ! 一手は右を向かせて密集横隊、もう一手は左の射手たちの真後ろに張り付けろ! 敵の騎兵が坂を回り込んでくる!」


「間道ですか! 了解しました!」

「出てきたらお前の判断で火を放て!」


 こちらも10人を割き、ジョスランが並べた兵につけて2列横隊にさせる。


 かなり不利な形勢だが、敵を目の前にして全体の陣形を変えるのは命取りだ。騎兵は丸太の壁で止めてもらうしかない。


 全体を見渡せば、味方は明らかに気圧されていた。


「ヤバい」


 俺は騎士志望たちが最も多いシモン隊まで走り、荷車に飛び乗った。


 何を言おう。何か言わせなければ。

 黙ったままだと勢いに呑まれて終わりだ。

 でも気の利いた言葉なんて浮かんでこない……。


 そうだ!

 敵のほうを向いたまま声を張り上げる。


「その剛勇は敵の盾を砕き! その忠誠は敵の士気を挫く!」

「!?」


 剣を引き抜き、もう一度叫ぶ。


「その剛勇は敵の盾を砕き!」

『その忠誠は敵の士気を挫く!』


 皆はアコレードの言葉を何度も復唱する。


「騎士たちよ、悪を切り裂け! 返り血で沢を染め上げよ!」

「オオオオオオ!」


 鼻当て兜をかぶったシモンと目を合わせ、うなずきあって己の隊へ戻った。


 戦鼓の音が止み、敵も味方も静止する。

 やがておぞましい叫びが上がり、魔物の軍勢が突撃を始めた。

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