第44話 女心は神道より難しい

——花火大会前半の見どころでもある連発花火が終わると観客は大喝采だった。

花火を見ていた人たちは拍手をし余韻に浸っている。

でも、俺は決して拍手はしない。


なぜなら!

今!

俺は!

ビオラと!

手を繋いでいるからDA!!

この幸せなひとときを噛み締めていたいんDA!!!


俺は心の中で大きな声で幸せを叫んだ。

ところが、急にビオラは俺の手を振りほどき立ち上がる。


「素晴らしいわ!花火ってこんなに素敵で感動するものなの!?

ブラボー!ブラボー!」


ビオラはパチパチと拍手しながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


足、大丈夫じゃん……


女の子ってよくわからん。

可愛らしい女の子だと思っていると、いきなりヤンキーを殴ってのしたり

ほっぺにキスしてきたくせに、他の男に甘えたり、

手を握り返してくれたと思ったら、振りほどいたり、

足痛いと言ったかと思うと、治ったり。


俺が大きな溜め息を吐いていると

心を読んだのか、父さんがすっと隣まで来て座る。


「女心は神道より難しい。そんなものだ」


わざわざそんなこと言いに来たの!?


「ビオラに聞かれるだろ。配慮してくれよ」


俺が少しムッとしながら言うと


「わざと来た」


と意地の悪い笑顔を浮かべている。

どうやら俺たちの家系は

楽しそうなことに首を突っ込んだり

空気を読まないのが普通らしい。


「爺ちゃんに似てるよ、そういうところ」


父さんは笑いながら楽しそうにしている。

とうとうビオラもそれに気が付いて話に入ろうとする。


「何ですの?何かわたしに聞かれてマズい話でもしているのかしら?」


仲間外れにされているように感じたのか

少しムスッとした表情のビオラ。


「そんなことはないよ。

紫音がわたしを呼んだから来たんだ」


呼んでないだろ!

父さん『は』上手くかわしたつもりでも、

それじゃ矛先が俺に向かっただけじゃないか!


「あら、そうでしたの?

何かありましたの紫音?」


ほら、来たよ……

気になることに一直線すぎだろ。


「いやぁ…そのぉ…

どうしたら父さんみたいになれるかなと思ってさ」


上手く返すことが出来た!と喜んでいるのもつかの間


「お前は白滝神社の神主を継ぎたいのか?」


おい、父さん。

せっかく上手くかわしたのに

今度はその話題を続けるのか?

お前は敵か?

まぁいいや。


「生まれた時からずっとそのつもりで、

爺ちゃんの鍛錬にも耐えてきたんだけど?」


文句は言わず、俺は素直に返す。


「鍛錬や、学識だけでは神主になれないぞ。

いくら生まれた時から修行を積んできたと言っても足りないな」


まだ俺は学生で若い。

いろいろなモノが足りないのは俺が一番わかっている。


「暦学とか書道とかも一生懸命やるし。

いろんな術も勉強する」


その程度の問題を解決する気持ちがなきゃ

神社を継ぐなんて言えない。


「生半可な覚悟では継がせないぞ」


それだけ厳しい世界なんだろう。

特にこの神社は特殊だから。


「修行する。

大学へ行って資格も取って、何年でも、何十年でも修行する」


俺だって中途半端な覚悟で

ここまで修行を続けてきたわけじゃない。


「何十年……それでもまるで足りない」


え?何十年でもまるで足りないの?

それはさすがに予想外。


「さすがに何百年とかだと、生きてるのがまず無理なんだけど……じゃ、どれくらい?」


神主になるには寿命を延ばせ!

とか言われたらさすがに無理よ?


「人の気持ちは一生を費やさないとわからない。

もしかしたら一生わからないかもしれない。

わからなければいつまでも半人前だ。

それでも、人々と神様の橋渡しをする仕事に就きたいか?」


父さんの真剣な表情から

本当に俺のことを考えてくれていることが伝わってくる。


「俺が、ここで神主を諦めたら

母さんは白滝神社からいなくなるかもしれないって言ってた。

そんなことはさせない。

だから俺は一生かかっても神主になる。

ここが……俺たちが守るべき場所だから」


俺もここで引くわけにはいかない。

みんなのため……なんて言うつもりはない、

俺はそんなに素晴らしい人間じゃないから。

それでも家族みんなのためにくらいは

頑張っていこうとは思う。


「母さんが言ってたのか」


驚いた表情で父さんがこちらを見つめる。


「あぁ、そうだよ」


俺は母さんとのやり取りを思い出しながら返事をする。


「そんな大事なことを、なぜもっと早く言わない!

それならそれで、お前を鍛え上げなきゃいかんだろが!!」


え?俺、怒られるの?


突然の大声に

ビオラは、肩をすくめて下を向いている。


「蒼さん……普段は温和なのに、今は恐いです……」


そうだ、そうだ!

言わなくてもやる気でいるんだ!!

それにビオラが怯えてるからマジでやめろ!


「あぁ、すまん、すまん。

ビオラちゃん。

悪いがこいつをわたしが鍛え上げるから

その間、支えてやってくれないか?」


父さん!?

何言っちゃってんの!?


「それって、何十年じゃまるで足りないんでしょう?」


ビオラは驚きもせず

普通に返事をする。


あれ?

テンパってるの俺だけ?


「あぁ、そうだ」


父さんも真剣な表情で返す。


「一生かかるかもしれないんでしょう?」


ん……?

これ…大丈夫?


「そうだな」


なんか……雲行きが怪しいような……


「そんなに長い期間を支えるなんてお断りします」


えーーーーーーーーーーーーーー!!!!

父さん、なんてことをしてくれたんだ。


俺のハートは、花火とともに夜空にブレイクし飛び散った。


「し、紫音、悪い。

ビオラちゃんにも選ぶ権利はあるんだ」


なにやっちまった的な顔してんだよ!

どうすんだよこれからって時に!!


「一生支えるのじゃなくて、

一生お互い支えあって生きるのはダメですか?

わたくしたちに対等な立場をください」


ビオラは真剣な顔で俺たちを真っ直ぐに見つめながら

言葉を続ける。

ビオラらしい提案の仕方だった。


「もちろん、それでいいよ。

それでお願い。

おい、紫音、頭下げろ」


ホッと胸を撫で下ろし

安堵した表情を見せながら

父さんは俺を肘で小突く。


「あ、ど、どうぞよろしくお願いいたします」


俺の返事とともに

大きな花火が打ち上がる。

それが消えた後の空に、白い煙が残り、風に流されて行く。

その煙は次第に龍の形になって、俺を見下ろしていた。


「あ、母さんだ」


なぜだか俺にはそう思えた。

いつもこうして見守っていてくれている

そんな気がした。


「え、どこだ!?」


父さんはすごい勢いで辺りをキョロキョロと

見回し始める。


「ほら、あの花火の跡の白い煙が、龍に変わってる」


俺が指を差すと

父さんはその指の先を凝視する。

少しの間、目を見開いたり

細めたりしていたが


「わたしには見えない…紫音には見えるのに、

どうしてわたしには見えないんだ……

ハンナ……」


俺はクククッと笑いながら


「女心がわかってないんじゃない?」


と意地悪く伝える。


「言ったな、紫音。

明日からの修行覚悟しとけよ?

それと…父さん呼び……照れるもんだな」


そんなこと言われたら俺も恥ずかしくなるだろ!

意識しないで言えるようになってきたのに

なんてことをしやがる!!


「じゃ、蒼さんに戻すか」


俺はありったけの照れ隠しで

父さんに意地悪なことを言う。


「いや、ちょっと待って。

 そのままでいてください。

 まったく……ここは普通お互い照れて、もっと仲良くなるとこだろ?」


父さんの戸惑う姿を見て

俺とビオラは顔を見合わせて笑い始める。


「俺、普通じゃないんで」


三人の笑い声が、花火の音にかき消されていく。

そして、花火大会の終わりを告げる大きな連続花火が打ち上がり始めた。


「みんなずっと仲良くね」


花火の音に交じって

母さんの声が聞こえた気がした。

俺たちの笑い声が、母さんまで届いたのかもしれない。


(大丈夫だよ。ちゃんと俺たちはここにいるから)


俺は花火に乗せて

願いを天へと打ち上げた。

母さんに届くように。


こうして異世界から来た、おかしな仲間は家族となった。

俺たちは明日も明後日も

ここで神様を……大切な人を守って過ごしていく。

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週末だけ神主見習いをする俺の日常生活がハチャメチャなんだが  ~異世界とつながる神社に生まれた俺は魔王を父に持つ~ 白神ブナ @nekomannma07

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