第43話 蒼さんは俺の父さんだ

 パイプ椅子に座って下駄を脱いだ足を子供みたいにプラプラさせながら、

ビオラは花火を見上げている。


「お嬢様のくせに行儀悪いな。足、まだ痛いのか?」


どことなく楽しそうなビオラに

俺は声をかける。


「そうね、下駄なんて初めて履いたんですもの。

そうそう慣れないわ」


ビオラは俺の言葉に、こちらを向いた後

自分の足に視線を落とし答えた。


「じゃ、帰りは爺ちゃんの車いすに乗せてもらうか」


俺は冗談めかして返事をする。


「お爺様の膝に座れっていうの?

信じられないこと言うのね。

あなたは出会った頃からいっつもそう」


ビオラは頬をぷくーっと膨らませ

ぷいっとそっぽを向く。


なんだそれ。

そんな技術どこで覚えたんだ?

可愛いじゃないか。


「言っとくけど、俺はおんぶしないからな?」


おんぶ……かーなーり魅力的ではあるが

俺が照れすぎて爆発しかねない。


「ほんっとに意地悪なんだから。

いいわ、クロードにおんぶしてもらうから」


やべっ、いじりすぎたか?

爺ちゃんならまだしも、クロードか……

嫌だな……


「ク、クロードは屋台で働いてるから無理だろ」


俺はクロードがダメな理由を必死に絞り出す。


「なら狩野くん」


そいつの理由は簡単だ。


「あいつはそもそも貧弱だし、

テンパって空回りして

 コケるのが目に見えてる」


ビオラはそれもそうね、とすぐに納得した。

狩野って本当に残念な扱いされるよな。

良い奴ではあるんだけど。


「じゃ、蒼さんにしてもらう」


次は蒼さん!?

そんなにおんぶされて帰りたいのか?


「蒼さんは……蒼さんは……」


俺以外の奴に、ビオラをおんぶさせたくなくて、

俺に役が回ってくるように、

ビオラのおんぶ候補を次々に潰す言い訳を考えていたが、

蒼さんのところで

できない理由が思いつかない。


「蒼さんは、俺の父さんだ」


悩んだ結果、よくわからないことを言い出す俺。


「だから何?」


まぁそうなりますよね。

もう……ゴリ押すしかない!


「だから……父さんだ」


そんなバカみたいなやり取りを聞いていたのか

蒼さんが俺の後ろから顔を出す。


「紫音、お前寝てるのか?」


これだけ話してるのに寝てると思う蒼さんの方こそ寝てるのでは?

そんなことを思ったが、言えるはずもなく、


「起きてるよ!なんで寝てることになるんだよ」


とツッコミを入れる。


「お前、寝起きの時しか言わないから……その、父さんってさ」


そうなの!?

そんな話、初めて聞いたぞ。

何でこのタイミングでカミングアウトしてんだ!?

おい……やめろ、照れるな。

こっちまで妙に照れるじゃないか!


「い、いいじゃないか!起きてる時に父さんって呼んでも!」


俺は新事実に驚き、焦りながらも

初めて蒼さんの前で父さんと呼べたことに、不思議と安堵していた。

そんなやり取りをしているとふふふっ、とビオラの笑い声が聞こえる。


「紫音ったらムキになってる。

こんな紫音初めて見た。

いいわね、親子って。

他愛のないことで笑って、ケンカして、うらやましいわ」


そう言うと再びふふふっと笑う。

しかし、表情は寂しそうな

今にも泣きだしそうな、そんな風に見える。

俺はそこでハッとした。


そうだ。彼女はヴィスコンティ家から追放されたんだった。

もう吹っ切れていて平気なんだと思っていたけど、

俺と同い年の女の子が、二度と家族に会えなくて、平気なわけないじゃないか。


俺が気付き、何か言わなきゃと悩んでいると、

蒼さんに先を越される。


「わたしが勝手に思っているだけかもしれないが、

ビオラちゃんも斉木家の一員だよ

もう家族だと思ってる。

よく来てくれたと感謝しているよ」


すかさず蒼さんの言葉に俺も続ける。


「そうだな。今更だけど

 俺も来てくれてよかったって思ってるよ」


蒼さんと俺の言葉。

それを聞いたビオラは驚き、瞳が潤み始める。


「あれは蒼さんを呼ぶための儀式だったんでしょう?

それに巻き込まれて一緒に飛ばされてきただけの

ただの事故なのに……」


一緒に過ごしていただけで

家族と言ってもらえるのが

信じられないという様子で

否定的になるビオラ。


「そうだろうか。

親父は召喚の儀を失敗したんじゃなく

あれは神様に導かれたんじゃないかな?

言ってしまえば、運命だったんだよ。

……なんてね。これはわたしの勝手な思い込みだが」


と笑いながら話す蒼さん。

ビオラの瞳から涙が溢れる。


「事故じゃなかったの……?

わたくしは、ここに呼ばれたって思っていいの?

ずっとここにいてもいいの?」


ビオラはくしゃくしゃになった泣き顔を手で覆い泣き出す。

俺はビオラの背中をさすりながら

声をかける。


「ずっとここにいればいいじゃんか。

お前がいると俺もなんか龍族の力をうまくコントロールできるみたいだしな。

まぁ……それだけじゃないけど……」


少し照れながらそう伝えると

突然、蒼さんが念話で話しかけてくる。


(紫音、頑張れ。いい雰囲気だぞ!ここでもう一押しだ)


その念話のせいで、俺の中では雰囲気ぶち壊しだよ。


「そ、それに……ずっと家族でいられる方法もあるし……」


蒼さんに言われたからじゃなく

ビオラを安心させたい気持ちで話を続ける。


「そんな素晴らしい方法がありますの?」


ビオラは、まだ涙の流れる顔を上げ、俺を見つめてくる。


「……例えば、例えばだよ?俺の嫁さんになる……とかさ」


何言ってんだ俺!?

ビオラを安心させたくて突拍子もないことを言ってしまった。


「それは、本当にしょうもない冗談ね」


え?ほっぺにキスしてもらったし

少しは脈ありだと思っていたのに、そこまでバッサリ拒否られるの!?

突然過ぎたか!?


(父さん、俺は振られた)


俺はショックを隠し切れずに念話を送る。

今までのような恥ずかしさはなく、自然と父さんと呼べていた。


(ちょっと待て、お前たち遠い親戚で、はとこにあたるんじゃないか?)


父さんが少し焦ったように念話を返してくる。

念話をしながら俺たちは顔を見合わせる。


(確かに……え?はとこって結婚ダメなの!?)


さっきのリリ婆ちゃんの話では

そういうことになる。

しかし、今さらダメだと言われても

気持ち的に手遅れなんだが……


(わからん、いいのか?)


そりゃわからないよな。

普通に生活しててもわからないのに

父さんは今まで異世界にいたんだからなおさらだ。


(ちょっ、検索して!)


俺たちはかなり焦り始める。

いつの間にか念話だけではなく

アイコンタクトやらジェスチャーまで加えてやり取りをしていた。


(わかった!検索するから待ってろ!)


その言葉と同時に父さんはスマホを取り出し

ポチポチと検索し始める。


そんなことをしているうちに

ビオラからふふふっという笑い声が聞こえてきた。


「しょうもない冗談だけど……悪くないかな」


その顔は穏やかに笑い、打ち上げ花火がよく映える。

可愛らしい幼い顔立ちのビオラが

大人っぽく見え、俺はドキッとし

テンパってしまう。


「いや、あの、い、今ちょっと検索してるから待ってて」


余計なことを言ってしまったと考えながら

ビオラを見ると


「検索?」


と、またいつものように可愛らしく首をこてんと傾げ、聞いてくる。


「あ、いや、あの……俺たちの運命の糸が小指に繋がってないかなって

指の周りを検索してみようかと……」


テンパっている俺は

もっと意味のわからないことを言い、泥沼にハマり始める。


(紫音、OKだOK。法的に結婚は禁止されていない)


そこにようやく

父さんからの救いの声が聞こえてきた。


「運命なんて、わたくし信じません。今この瞬間しか信じませんよ」


ビオラは少し寂しそうな、そして悲しそうな顔をしている。

今までのことを運命とは呼びたくないのかもしれない。


「そうだね……

運命なんかよりも、今この瞬間が何百倍も大切だ」


ヒューーーーーーー……


竜笛のような音を鳴らし、打ち上がった花火の卵が、夜空をどんどん登っていく。

パッと開いた一際大きな花の閃光は、ビオラの顔を明るく照らし出す。

ビオラを彩るこの花火も終わりへと近付いていく。


「とても綺麗だよ。俺の……」


ドーン、パッパッパッパッ、ドンドンドンドン、パラパラパラパラ・・・・

言葉の後半は花火の連発でかき消され、自分でも聞き取れなかった。

でも、今はそれでいい。

無理に急ぐ必要はないんだから。


俺はビオラの手をそっと握る。

彼女の目は花火を見ながら、手はしっかりと握り返してきた。

その横顔は照れているようにも嬉しそうにも見えた。

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