第2箱 スポーツものの劣等感、嫉妬、羨望、独占欲拗らせBL、または百合
◇
夏休みが始まってからの地区大会、体育館内にあるそれぞれの休憩室の空気は季節の暑さに支配されていた。熱にほだされて、部屋のくぐもった匂いが鼻を衝く。
「はあ、最悪だわマジで」
バスケ部の三年、威圧ばかりを振りまくるリーダー格の先輩、彼がそう言葉を吐いた。そんな言葉を吐く彼の視線の先には、僕がよく知っている同級生がいる。
彼は後ろめたい顔をして、先輩から視線を逸らす。視線をそらした際に、小さく、すいませんでした、という言葉が聞こえた。それを先輩は興味もないように息で吐き捨てた。
「あそこで外すとか、ほんとないわ」
先輩はずっとそんな言葉を吐き続けている。試合が終わってから、そろそろ二桁回数に上るほどに、繰り返し言葉を続けている。そのたびに小さく、すいません、が響いて、ぎすぎすとした雰囲気が心臓をキリッと刺す。
──今日、僕たちの学校は、大会の一回戦で負けてしまった。
◇
試合の過程については接戦といえるものだったと思う。終盤まで互いが息をつく暇もないほどに盛り上がっていたのだから、接戦といっても過言ではないはずだ。
それほどまでに同じ力量の相手と戦っていたのかはわからない。僕は補欠ですらない、試合の外の存在だったから、試合の中にいる彼らがどうとらえているかを知ることはできない。でも、少なくとも、僕は接戦であったように思う。
そんな試合展開、二点差。残り数秒。
誰かがシュートを打たなければいけない場面、そこでボールを持っていたのは、同級生のサトルだった。
スリーポイントシュートを絶対に打たなければいけない場面、外してはいけない局面。
そんな場面で、サトルはシュートを外してしまった。
◇
このバスケ部には年功序列のような制度が敷かれている。いつの時代の部活動だよ、って思っているけれど、そういう風になっている以上、一年生である僕が試合に参加することは難しい。
大会に出るメンツについては大体が上級生を占めて、その中に下級生が入ることはない。実力などは度外視で、どう見ても下手くそな先輩でもレギュラーになる。
唯一、同級生である彼、サトルを除けば。
サトルは入学した時から注目されていた優秀なシューターだった。実力を度外視しているこのバスケ部だけれど、彼は中学生の大会で優勝した経験の持ち主だから、入部したと同時にレギュラー入りを果たしていた。
そんな彼のことを、僕は中学の時から知っている。忘れるはずもない。引退試合にて、最後の敵として戦った相手、僕たちにとどめを刺した人間。忘れようとしても忘れることなんて出来ようもない相手。
そんな彼が同じ高校の、同じバスケ部にいる。そんな事実に僕は動揺を隠すことができなかった。
彼は優秀なシューターだ。すぐにレギュラー入りすることも、なんらおかしなことではない。
わかっている、わかってはいるけれど。理解はできても納得することができない自分がいる。
彼以外の、僕を含めた一年生はボールを持つことさえ許されなかった。許されるとしても、先輩が帰った後の、完全放課となる時間帯までは触れることはできない。その時間までは雑用か、外を走ることしか一年生は許されていない。そんな環境に、大概の一年生が音を上げて、バスケ部を退部していった。
最終的に残ったのは、僕と彼だけ。
僕がバスケ部に残った理由は、サトルに勝ちたいという意思だけ。中学の時の雪辱を晴らすために、いつかレギュラー入りすることを目標に、どんなに苦境に立っても、それでも頑張ることを決意していた。
──だからこそ。
◇
「……まだ、帰らないの?」
先輩たちが帰った後、僕は片付けをしながら、サトルに話しかける。
サトルはひたすらゴールに対してシュートの練習をしている。シュートを打つ位置は固定されることはなく、近距離からでも、遠距離からでも、どんな状況でも対応できるように、彼は練習しているようだった。
体育館には僕と彼の二人きり。
「ユウトだって帰らないじゃないか」
彼は僕の名前をつぶやきながら苦笑する。僕はそれに対して視線をそらして、あえて片付けなかったひとつのボールを抱えて、彼と同じようにゴールへとシュートを放った。
……まあ、綺麗な弧は描かれたものの、それがネットの中に入ることはなかったのだけれど。
サトルはそれを見ても、特に笑うことはしない。言葉を吐くこともしないし、同情のような視線を浴びせることはない。彼の視線はただひたすらにゴールをとらえ続けて、また彼はシュートの練習をしている。
◇
それを毎日、毎日繰り返していた。
──だからこそ、僕は彼をずっと見ていた。
僕は、毎日彼のシュートを見ていた。
ずっと、努力する姿を、見ていたんだ。
◇
「お前のせいで負けたんだからな」
うっとうしそうな顔で、先輩はそうつぶやいた。それに同調するのがほとんどだった。
「調子に乗りすぎだろ、ふざけんなよ」
小言を、ひたすらサトルにぶつけていた。
──ふざけるな、って思った。
調子に乗っている? 調子に乗っている奴が毎日懸命に練習するわけがないだろ。サトルは毎日練習を繰り返しているんだ、お前らが帰った後にも、お前らの倍以上練習を繰り返しているんだ。その努力を知らないお前らがそんな言葉を吐く権利を持つとでも? ふざけるな。
僕だけが知ってる、サトルが頑張っている姿。どこまでも、僕だけが知っている。
……でも、それを僕は言葉に吐くことはない。
怒られるとか、威圧感がすごいとか、歯向かうとか、そんなことが怖いからしないんじゃない。
彼の努力を見ていたのは、ずっと僕だけだ。僕だけしか、彼の姿を知らない。
そんなことを、あいつらに勢い任せで吐いてやるものか。お前らの知らないサトルの姿を、吐いてやるものか。
どこまでもぎすぎすとした休憩室の空気は、緩和されることもないまま、そうして僕たちは胃を締め付けるような感覚だけに襲われるだけに終わった。
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