第27話 それぞれの進み方⑯
活発になっていた胃腸が、気の抜けた音を響かせる。
俺はとりあえず腹ごしらえをしようと思ってリリィの作りかけのスープに視線を向けた。
具が全く見えず、ミンチ肉を焼いている様に見えるが、何を作ろうとしていたのだろう。
ともあれ、リリィは人間の食事を摂る必要がないのだ、これ以上俺の為に料理を続ける必要はないだろう。
そう思ってスープの方に向かったのだが。
リリィは何故か両手でこちらを制して止めてくる。
触るな、という事だろうか。
「だが、俺の分だろう? 今まで散々迷惑かけたんだ、これ以上作ってもらうのは悪い」
そう言ってみたが、リリィは頑なに引かなかった。
こちらの手を引き、半ば強引にテーブルに座らせてくる。
しょうがないのでそのまま待つ事にした。
すると、しばらくして肉の焼ける音がし、とてもいい匂いが漂ってくる。
俺はかなり空腹の様だ、こうして待っていると、唾液が口の中に止めどなく溢れてくる。
そうして耐える時間は意外と短く、割と直ぐにリリィが皿をもってやってきた。
俺の前に皿を静かに置いたリリィは、その後まるで使用人のように少し距離を置いて立っている。
料理を見るよりも、それが気になってしまって、声を掛ける。
「お前も……食べる必要はないと思うが、座ったらどうだ?」
そう言ったが、こちらをじっと見ているばかりで反応がなかった。
やはり、憎い相手とテーブルを囲みたくはないのだろうか、と自嘲的な笑みが浮かんだところで、リリィがゆっくりと動き出し、おびえたように椅子を引いて、静かに座った。
そういえば、今まで彼女に椅子に座れと命令したことが無い。だから、このテーブルに座るのは初めてのことだった。
俺は、感情があると思わなかったとはいえ、彼女を都合のいい道具としか見ていなかったのだ。
(恨まれて当然、か)
そう思いながらリリィの顔を見る。彼女はずっとこちらを見ている。
その目にどんな感情が乗っているのだろう。どんな表情なのだろう。
憎悪か、殺意か。それとも、辟易とした表情でも浮かべているのかもしれなかった。
ともあれ、料理を作ってくれたのは事実だ。少しは俺に情を持ってくれているのかもしれない。
そう思って料理に目を向ける。
それは恐らく、サイコロステーキだろうか。
かなり焦げているが、それでも美味しそうな匂いがしている。
そういえば先ほど作っていたスープはどうしたのだろうとも思うが、まずは一口食べてみようと右手でフォークを持つ。
「あ」
ベキ、という木材が折れる音がして、木製のフォークが折れてしまった。
気まずい空気が一瞬流れたが、リリィが小走りに新しいフォークを用意してくれた。
右手の力加減が難しいのだ。これは当分、左手をメインにする必要があるか。
そう思いながら、左手で逆手に持ったフォークを使って肉の塊を刺し、と思ったが木のフォークは予想以上に突き刺すのに向いていない。
肉をすくって口に放り込んだ。
噛みしめた時に、思わず顔をしかめてしまう。
ジャリ、という表面の歯ごたえは、恐らく焦げた岩塩だ。それも量が多い。
塩辛いやら苦いやらといった味覚と共に、血生臭い肉の味が口に広がった。
これだけよく焼いているのに血なまぐさいというのは一種異様だ。そしてどことなく発酵食品のような深みもある。
総じて、とても趣が深すぎる味、というか不味い。
これはどういうつもりなのだろうかと思いつつ、リリィに視線を向ける。
彼女は、こちらをじっと見ていた。1ミリたりとも動かず、ただじっと。
もしかすると、これは彼女の復讐の一つなのだろうか。それとも、俺は試されているのか?
脳内には様々な疑問が渦巻くが、けれど、どういう意図であれ、折角作ってくれたのだ、まずは完食しよう。
そう心に決めてからは早かった。噛むと血生臭い味が広がってしまうので、殆ど飲み込むようにして食す。
そして最後に。
「ありがとう、リリィ」
そう告げた。
その言葉に彼女はなにを思うのか。その表情はわからないが、ジッとこちらを見ている。
何か伝えたい事があるのかもしれない。だから、こちらもじっと見つめ返してみる。
そうして、数分の時間が経過するが、驚く事に彼女は微動だにせず、ずっとこちらを見ているのだ。
先に耐えられなくなったのは俺の方だった。
一つ咳払いして声を出す。
「そうだ、その髪、大分汚れてるみたいだな。俺も体中が汗臭いし、一緒に綺麗にしよう」
そう言って、俺は風呂の準備に取り掛かった。
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