第26話 それぞれの進み方⑮

 その姿はスケルトンだとしても異様だった。

 一般的にスケルトンといえば、人骨を組み合わせた人の形をした存在。

 それは生物というよりも人形に近い認識なのではないだろうか。前世の知識のあるなしに関わらず、この世界でもそういうものだろう。

 だが、この眼前のスケルトンはどうか。

 骸骨であるその顔には確かに表情を構成する要素が欠けていた。だから怒っているのか笑っているのかはわからない。そして眼球も無いので、どこを見ているのか、もしくは何かがみえているのかどうかすらわからない筈だ。

 それなのに、不思議と確実にこちらを凝視している事がわかる。

 おずおずとした態度で、口元に添えた右手。その様相は、具体的にどんな表情かはわからないが、なにか表情を浮かべているという事も伝わってくる。

 そしてなによりスケルトンとして異常なのは、頭髪だった。

 俺は頭髪の生えたスケルトンなど見たことがなかったのだが、目の前の存在は、手入れこそされていないようだが、まるで人間のような白い頭髪が腰の辺りまで伸びている。

 その存在は所々破れてボロボロになったローブを着ていて、左手を見やると、下の方でローブをギュッと握りしめていた。

 それはあまりに人間臭く、仕草は幼い少女のようにも見えた。

 そして、もう一つ驚くことがある。


「もしかして……リリィ……なのか?」


 スケルトンが着ているローブに見覚えがあったのだ。

 これは勇者一行に加わっていた時、いつもローブを着ている友人に、普段着でローブを着るのは果たして楽なのかと問うたところ、実際に着てみろと言ってくれたものの内の1着だった。

 その友人は女性だったので丈が合わず返そうと思ったが、ローブは男女共用なのが魅力の一つであり、男でも着れるからもっていけと強引に渡された。

 リリィは身長150センチ程の小柄な女性のスケルトンなのだが、その友人も同じくらいで小柄な女性の体格をしていて、荷物整理をしていた時に丁度よいと思ってリリィに着せる事にしたのを覚えている。

 リリィと思しき骸骨をじっと見ていると、ある事に気付いた。

 ローブが以前よりもボロボロになっている事と、その骸骨の体のそこここがヒビ割れていたり、欠けているのだ。

 何があったのだろうと思い、その骸骨の体に手を伸ばすと──。

 リリィはビクリと弾けるように震え、顔を守るように両手で覆った。

 

「……リリィ?」

 

 俺の声を聞いて、リリィは慌てて両手を後ろに隠す。

 訳がわからない。だけれど、この反応は異常だ。これじゃあ、まるで──。


「もしかして、その傷は……俺が?」


 問いかけると、物言わぬリリィは申し訳なさそうにうつむいてしまう。

 言葉などなくても分かる。これをやったのは俺だ。

 謝る言葉を探して、キッチンに目を馳せていると、カレンダーが目に入る。

 そこで驚愕の事実が分かってしまった。


(あれから3カ月経っている!?)


 そう、カレンダーには、手術を行った日に丸が付けられており、その日以降三カ月間の日付全てに丸がついている。

 リリィは、手術から経過した日付を毎日丸で囲ってくれたのだろう。

 恐らく、俺の為に。


 再度目を周囲に這わせる。

 リリィが作りかけていたものは、どうやらスープのようだ。彼女には味覚なんて無いはずだし、料理の方法も恐らく見様見真似だろう。それに、俺には記憶がない。つまりずっと寝ていたのだ。

 併せて、部屋の荒れよう、このリリィの怯え方。俺は力の限り暴れたのだと推察される。そんな人間の世話をする、それがどれだけ困難な事か、想像するだけで吐き気がするほどだ。

 それを彼女は一人で背負ったのだ。

 これが、感情の無い人形だったのならまだいい。

 だが俺はもう確信していた。彼女、リリィにはきっと感情がある。

 俺を恐れる気持ちを持ちながら、決して逃げず、投げ出さず、俺の傍に居続けたのだ。

 こんなにもボロボロになりながら。心もきっと、ボロボロになってしまっているかもしれない。

 ヒビの入ったリリィの顔を見つめながら、俺は夢の中の声を思い出していた。


『果たして、不幸になるのはあなた一人なのでしょうか』


 自分に才能がないから。自分に力が無いから。だから強くなろうと、足搔こうとした。

 その結果はどうだ。何の為に強くなりたかった。俺は何をしようとした。

 ヨハンとシモンの力になりたかったのか? 違う。彼らは十分に強い。彼らに必要なのは、戦力なんかじゃない。

 じゃあ何故だ。

 嫉妬か? それとも虚栄を張りたかったか?

 だめだ。これでは駄目だ。それに、俺はこんな事に付き合わせてしまったリリィに償いをしなくてはならない。

 ボロボロになってしまった骨の体は、きっと時間をかければ修復していくだろう。

 でもそれじゃあ心に負った傷は癒えない。

 だから、俺は一つの誓いを立てた。

 そして、ゆっくりと、リリィが怯えないようにゆっくりとリリィの体に向かって腕を伸ばし、その体を抱きしめた。

 リリィはされるがまま、じっとしている。俺が魔法で縛ってしまっているのかもしれない。だから抵抗できないだけで、彼女は嫌だと感じているのかもしれなかった。

 彼女の体は、恐ろしく軽く、強く抱くと折れてバラバラになってしまいそうに儚い。

 暖かくも冷たくもないその身に宿っている気持ちはどんなものだろうか。

 使役している俺への憎悪だろうか、嫌悪だろうか。

 それでも構わない。俺は、俺はきっと。


 お前を人間として転生させ、俺から解放してやる。


 神にできるのだから、俺にもできるだろう。そう思いながらその決心を心で呟いた。

 そして、胸中に渦巻く様々な感情を一言に込めて、「ありがとう」とリリィに向けて言った。

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