第21話 過干渉を通り越した母性 1


 なんか回りくどい形で問題に入っていくような話し方で申し訳ないけど、ひとつ軽く触れておきたいことがある。

 それは何かと言うと、福祉絡みの人は良くも悪くも人がいいのね。人がいいからこそ人のために尽くしたいという思いが強い。中には一見そう見えない人もいないではないが、そういう人はひとまず除外します。

 問題は、そういう善意からくる人のために何かしたいという思いからくる言動。

 それが時として相手に必要以上のプレッシャーというのか、暑苦しさというのか窮屈さというのか、そういった気持ちを抱かせてしまうことになるのですよ。その結果として、相手が反発したり不要なやり取りを助長したり。ことと次第によってはとんでもない結果になりかねないのよ。

 そういう場合の言い訳に使われる言葉というのがもう定番で、よかれと思ってしたことが裏目に出る、という流れね。


 某園の職員各位はともかくとして、増本さん宅の母親もそういった傾向の強い人でした。その要素が、私の高校受験後大学に至るまでの3年間、良くも悪くも、というよりも私にとっては明らかに悪い方に出る形で、かの母親の言動は積み重なっていきました。


 まず、受験の結果を報告に行ったときのこと。

 思い出したくもないが、あえて思い出せる限り言葉にします

 このときのこの母親の言動は、要はテメエの、もとい、御自身の息子さんたちの経験をもとに、中学浪人期のことをトレースして、あんたもそうしろとばかりのものの言い方をしたわけだ。

 ちなみに彼女は当時のぼくの親権者でも何でもないからな。


 あの頃には高校再受験のための予備校もあったらしい。私の頃にはまだあったかどうかはわからないが。だが私は、その時点で大検という制度を調べてそれをもとに次の道を進もうとしていました。当時大検はまだ社会的に認知度が低く、とはいえ前年あたりに「中卒東大一直線」という題のドラマが放送されたこともあって、その存在が少しずつクローズアップされていた頃。

 だけど、その母親がそんな制度を知る由もなかったわな。知らぬなら調べて物事にあたるという姿勢がこの人物にはないことが、この時はっきりしたよ。

 でだ。好きなことを親権者でもないのにホザき倒してくれよったわ。


 定時制高校に行くならバイトでもしてその金で予備校の夏期講習に行きなさいとかねぇ。あんた、何の権限があってそんなものを言っているのかと、今思い出しても腹が立ちますよ。第一、あんたの息子さんらの時代とはすでに状況は変わっているのだってこと。そんなことも弁えずにわめかれたあかつきにはねぇ。

 高校受験に合格していればそんな目に逢わなくて済んだと言えば、それは確かにそうかもしれん。だが、そういう問題ばかりでもないだろう。それならそれで、いずれまたこの母親はどこかで形を変えてわしにそういう言動をしてきたろうから。

 あの時点で分かってよかったってことにしておきましょう。ええ。


 このときですね。

 私がはっきりと「親離れ」していることが自覚できたのは。

 できぬはバアサンばかりなり、って、今なら言い切っているだろう。

 ある意味幸運だったのは、私がその女性の実の息子でなかったこと。

 これが実の息子だったらどうなっていたか、考えるだけでも虫酸が走りますよ、心底から。というより、恐ろしくてたまりませんよ。


 その日はなぜか、娘さんも実家に帰ってきておられたのよ。この方は公立の商業高校を出て短期大学に進まれていた方でした。

 私の不合格を聞いて、こんなことを言っていましたね。


「ランクを落として商業高校を受けていたら、・・・」


 私はね、商業高校に行くつもりはなかった。

 岡山大学に現役で合格することが目標でしたから、その目標に合わない進路は一切考慮対象から除外。だから受験していなかっただけのことだ。

 それだけが問題じゃない、彼女の言動の最大の問題点は、これです。

 自分の母校をそんな形でとはいえ貶めるような言動をしてどうするのかと。

 岡山の公立商業高校出身者全部を敵に回す覚悟でもあればいいが、ありもしないのによく言えたものだな、と。


 それからまだ、問題の行動は見られた。

 来年に向けて少しでも早くスタートが切れたらと、よかれと思って隣の従弟になる1歳下の子を連れてきて、一緒に勉強させようとした。

 ギブアンドテイクとか何とか、小賢しい言葉を使っておられたな。

 こっちはそんな状況下でもないところに土足で入り込んで引き回すようなことをされて、正直不愉快を通り越していた。それで私がいい顔しないことくらいはわかるものだから、しまいには、その子が嫌いなのかとか何とか。

 好き嫌いのような低次元の言動をするなよと思った。その時その「低次元」という言葉がはっきりと、私のなけなしの脳みそにも浮かびましたよ。


 いずれにせよ、こんなところにいつまでもいても仕方ないからということで、早めに帰りました。だらだらいても仕方ないでしょ。少々勉強したところでどうなるわけもないわ、ボケ。いずれは帰らなきゃいけないし。第一、そんなところで付け焼刃にもならんことやっても力などつかん。


 この時のお姉さんの言動については批判的に述べざるを得ないけど、その時点で彼女は結婚して家を出ていらっしゃったはずで、その後このお姉さんとひと悶着はありません。この日は接触があったかどうか覚えていませんが、下のお兄さんは、このあと3年にわたって、好きなことをまあ、ことある毎に言い倒してくれましたわ。あと、母親は言わずもがな。この二人のおかげで、私は岡山弁が好き嫌いを通り越して抹殺対象とさえなったわけです。


 そうそう、これまたどうでもいいことかもしれないが、なぜかこんなことだけは覚えています。あの日、増本さん宅を辞して自転車で某園まで戻る途中、できたばかりの高島駅に寄った。この年の3月、ズバリその月に開業していたのよ。

 それで、その駅の関係者とは皆さん顔見知りでしたから、その日も帰りに少しばかり立寄った次第。


 それから数日後、定時制高校を受けて合格はしましたよ。一応5教科のテストはあったが、あまりに簡単な問題で社会なんか5分で全部解いて寝ていた。

 このときは、中1のときに担任だった先生が送り迎えしてくれました。

 中3のときの担任の先生とは大喧嘩していましたから、このとき来られていたら間違いなくもめごとに発展していたことは間違いありません。その先生、その時すでに50歳近かったから、もう亡くなられているかもしれませんね。

 私が嫌い切っただけならまだしも、その後、某園関係者に限らず中学校の同級生界隈をはじめあちこちでその先生の話になったときに、よくいう人はほとんどいなかった。一人やそこらだけじゃなく何人もが、立場や状況を超えてその先生をよく言っていなかったわけでねぇ。

 そりゃあもう、言われる側を問題にせざるを得ない、って話よ。


 それから3年間のことは、思い出したくもないわ。

 ですがとにかく、できる限り増本さん宅のことに絞って述べていきます。

 某園のほうは、必要最低限状況説明的に述べるに留めます。

 増本さんご一家の問題点、私はあの3年間で、しっかりと認識できました。

 良くも悪くも、増本さん宅の日常の中心にいたのは母親。

 父親という一家の主がいて、静かに距離を置いて見守っていたからこそ崩壊せずに済んでいたが、もし父親も私のようにビシバシやっていく人だったら、間違いなくこの家は崩壊していたと思うね。

 息子さんたちは、良くも悪くも母親の影響を受けていた。娘さんももちろん母親の影響を受けていないわけではないが、上の息子さんと彼女は、少なくとも母親を反面教師として受け止めている節が見受けられた。

 下の息子さんは、良くも悪くも母親のような言動に走る傾向が見られましたね。母親を反面教師と見ていなかったわけでもなかろうが、それが普通くらいになっていました。だから、私はこの人物にもその後反感を持つようになった。

 だから、どうしてもこの後、彼と母親の言動をこの後叩かざるを得ないのよ。


 今ふと思ったけど、下の息子さんとわたしの年齢差は8学年。

 年がいっての同世代の付合いはことと次第では難しくなるとおっしゃる方がいますけど、そういう兆候、下手すれば10代後半からもその兆候が出始めるってことだ。まさに、そのお兄さんと私、同世代というには少し年齢差がありますけど、それと同じ構図が良くも悪くもその年代で出たってことになるな。


 とりあえず、メル姉、ちょっと休ませて。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 彼女は黙って、作家氏の前のグラスに冷蔵庫から取り出したペットボトルの珈琲を入れた。作家氏は無言のまま礼を述べ、そこから一口だけ口にした。

 しばらくの間、かの作家氏の部屋を沈黙が支配した。

 時刻は8時を少し回った頃。西から来る電車の本数はさらに増えている。そして西へと向かう列車もまた、その本数を普段よりは増やしている。そうしないと、駅構内がパンクしてしまうからだ。


「せーくん、じゃあ、お願い」


 ようやく声を絞り出した少し年上の女性が、動画のボタンをクリックした。

 少し年下の日本人男性は、黙って頷き、パソコンのカメラに向かった。


・・・・・・・ ・・・・・ ・

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