第10話 酒呑がやって来た


「でだ」

祖父が続ける。

「お前、箱庭以外の力ってなんだ ? 」


「ああ。えっと、簡単な魔法だよ。攻撃力はあんま無いけど。簡単な火を出したり、水撒きしたり。あとは身体強化かな。それと防御壁。箱庭で最低限生活するのに便利なものが中心かなあ」


「他には」

「無いよ」

祖父は、腕組みをして難しい顔をしている。

「そんな風には思えないんだがな。バアさんのレシピを受け継げたからには、まだ何かあると思うんだが。そうなのかな。そういった細かいことは俺には判らん」


迅は、首を傾げた。異世界では戦いの時に参加していなかった。防御壁を展開し、その中で身を守っていた。そこから、負傷した仲間に、回復薬等を投げて与えたりはしていたが。


薬については、箱庭で育てられたものを使って、薬師に教えてもらい調合を覚えた。道中半ばからは、薬類の調達は迅の役割となっていたのだ。


「関係あるかどうかはわかんないけど、薬は作ってたよ。でも、普通の人が作れるやつだけど」


それを聞いた祖父が片眉を上げる。

「そっか。機会があれば、物見のバアさんトコにでも行ってみるか。他に何かないのなら、それはそれで構わないが。もし、何かあるならば知っていた方が後々良いだろうからな」

そう呟いた。


 改めて迅は思った。自分自身が、何故彼処に召喚されたかがわからなかった。特別な力は得たけれども、それは箱庭しかなかった。あの力は、別段あの状況下で必要だったものだとは思えなかった。


しかし、戦えないことで忌避されることもなく、生き延びるための術を教え込まれ、魔王の根城へと向かわされた。


その日は、結局それで終わった。物見のバアさんは誰かも聞かなかったが、後日ということになったようだ。



 さて、山から酒吞が降りてきた。洞窟前では、やばい雰囲気をビシバシ感じたが、降りてきた酒吞は穏やかだ。

「下にいる時には、こんなものだ」

あのままだと、色々と不都合なので、酒吞は抑えているのだそうだ。



「暫く、下に居る」

祖父は、嬉しそうに酒を買いに出かけていった。飲み友達が遊びに来たかのようだ。


 酒吞は、どっかりと縁側に腰掛け、道の駅の納品物を作っている迅の姿を眺めている。


「何だ、なにか面白いものでもあるのか」

何となく気になって問うてみた。

「面白いのう。お前、魔力が外に出ない性質だったんだな」


うんうん頷きながら、酒吞が応えた。

「へ ? 」

「お前が無能に見えたのは、完全に体内にとどまっていて、隠蔽されていたからだったんだな」


 迅には酒吞の言うことが全く理解できなかった。

「何故そのような形になっているのか知らんが、掌や指先からは魔力を出せるんだな。先日、魔窟で会った時は気がつかなんだ。制御が上手いな」


酒吞はそれ以上、迅の魔力について説明する気はないようだ。ウンウンと、己だけで何かを納得したのかふいっと縁側で横になり、昼寝の体制になった。

言いたいことだけ放り投げて、全くもって傍若無人である。


 祖父が帰って来たことで、酒呑も起き出して宴会が始まった。酒の肴は迅が作っている。箱庭の卵や牛乳なども使って簡単なものだ。


祖父はクッキーやプリンでも問題はない。これは、先ほど作っていた納品の余分な分で良いだろう。


今回は、お試しに大福にチャレンジしていた。調子に乗って作りすぎた感があるが、迅は大福でウイスキーを飲む気満々だ。


だが、酒呑は甘い物はそれほど好まないと聞いたので、違う物を用意する必要がある。そうは言っても凝った物を作るつもりは無い。


それでも祖父が言っていた様に、卵料理は気に入ったようだった。作りおきの煮玉子や燻製がどんどん減っていく。


オムレツは、お代わりを要求された。祖父は、茶碗蒸しが気に入ったようだった。


「酒吞。お前、今回はどのくらいいられるんだ」

「そうさのう、ここんとこ少々現れる数も大きさも多いからな。まあ、3日かそこらだな。影をおいてきたので、デカいのが来れば直ぐに戻るが」


酒吞の返事に、祖父は眉を顰めた。

「妖物が増えとるのか」

「ややな。まあ、退屈せんで良い」

上機嫌で飲んでいる二人だった。


菰野にもらったシシ肉で作ったチャーシューなども盛り付けた。


「これはなんの肉だ ? 美味いな」

「ああ。先日村の者が狩った獅子の肉だ。なかなか旨いだろう」

「美味いな。がこんなに美味くなるとはな。

獅子は外に出てきてるのか ? 」

「北の森で繁殖してたらしい。結構増えていたそうだ」

「そうか。では北の森には抜け口があるのかもしれんな」


その会話が引っ掛かった。シシ肉はイノシシの肉だろう ? 違うのか ? そう思った迅は

「その肉はイノシシのじゃないのか」

と聞いてみた。


一瞬、キョトンとした祖父だったが、頭を掻いて

「ああ、すまん。通じてなかったか。これは妖物の獅子の肉だ。ちゃんと下処理してあるから、なんの問題もないぞ」


確かに「シシ肉」とは言っていた。迅がそれを「イノシシ」だと勝手に思い込んでいたと言うことか。


迅は酒の肴を見繕って、二人を放っておいて早々に寝る事にした。


 翌朝、起きると酒吞はいなかった。


「ああ、彼奴か。夜明け頃に出かけだぞ」

起きてきた祖父が言う。


「昨夜、獅子狩りの話をしたら、思うところがあった様だ。そのうち、戻るだろう。戻ったら、飯を食わせればいい。

居るうちは仕事を頼めば、ある程度の事はしてくれるぞ。酒と飯は必要だがな」


脳天気な祖父の言葉に、「シシ」肉の事を思い出し、ちょっと複雑な気分になる。


(シシ肉、美味しいんだよ。でもイノシシじゃないんだ。じゃあ、なんなんだろう。いや、考えちゃ駄目な気がする)



酒吞が戻ってきたのは、それから暫くたってからだった。庭先で大声で呼ばれたので出てみると、


「お主、獅子を見たこと無いんだろう。ちょっと行って狩ってきた」


担いできたのをどっと庭先に下ろした。

「コイツが、獅子だ。ちょっと小柄かな。これでまた、美味いもんを作ってくれ」


沖縄にあるシーサーのような狛犬のようなそれは、金色の体毛で覆われていて、尾と鬣は赤く輝くような色をしている。

全長で2mほどある。


「こりゃ良い。コリに頼んで下処理を頼もう」

祖父は、嬉々として電話をかけに。自慢気な酒吞と庭に置かれた獅子を見て、絶句する迅であった。

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