第9話 プリンの真実 ?
食料庫の中や家畜小屋を見て回ったが、こちらに違いは無い。鶏たちは今日も元気だ。
小屋の掃除と寝藁を替えるのは、祖父も手伝ってくれた。
「お前、コイツらの世話はどうしてたんだ。ここに来てから、箱庭に頻繁に入れなかっただろう」
祖父は心配してそう言ったのだろうが、
「ああ、大丈夫だ。俺がここに来れない時は、お世話してくれる存在がいるから。でも、会ったことはないんだ」
「ほう。本当に
沁み沁みとそう言った。迷い家でも他の者に会うことは無いものがある。
祖父の出会った迷い家はそうだったのだろう。
「でも、ここは箱庭だ」
そう迅が言えば
「そうだな」
穏やかに祖父は応えた。
家に戻ると、昼飯の時間は過ぎていた。
せっかくだからと持ってきた箱庭の鶏の卵を持ち出してきて、オムレツを作って食卓に並べる。
「酒吞が来たら、この卵の料理を出してやると喜ぶぞ。あいつは、甘いものは好きじゃないが、酒の肴になる様なモノは好きなんだ」
顔を顰めた迅の表情を見て、
「いや、お前。そんなに悲壮な事でもないぞ。この村では、昔ながらの日常だ」
「都会だって、交通事故だなんだって、気にしてないだけで死ぬかもしれない可能性は日常にあるだろう。この村だと多少は確率が上がるかもしれないが、な。それでも、この村は今迄続いているぞ」
迅はなんと答えればいいのか、言葉が出ない。死ぬという事よりも、戦うという事がどうにも。
「あー。なんて言えばいいのか。なあ、なんでこの村なんだ。周囲の人達は別に何かしてくれるわけでもないんだろう。この村でだけ戦う意味ってなんなんだよ」
「妖物が出現する場所が近いから、それに対処しているだけだ。別に世のため人のために戦う、とか言うんじゃない。ただ、この村で生活するためにはそれが必要ってだけだ。それが出来るだけの力がある者にしか、ここでは暮らせないしな。いや、それだけではないな」
気負い無く祖父が言う。
「この世の中には、妖物に対抗できる人間とそうでない人間がいる。対抗できない人間の方が多いんだよ。そうするとな、妖物がここで防ぎきれる、もしくは少ない時代を考えてみろ。異能を持つ者は、そうでない者にどう思われるかを。そっち方が圧倒的に多いんだ。
魔の物の血を引く、それだけで良くは思われないんだ。
だから、普通の連中には混ざらないでほどほどの距離をとって生活できるココで暮らしているともいえるな。
少数派は少数派らしく、自分達のネットワークを構築してはいるがな」
なんとなく、祖父の言いたいことは判る。迅自身とて、異世界で身につけた力を周りに見せようとは思わなかった。
「ま、お前の存在はここでは大いに評価されてるぞ。お前のお陰でこの頃は怪我人などが減ったからな」
祖父の言葉に首を傾げた。何故 ?
「お前の作った菓子だよ。他の連中がバアさんのレシピを用いても、菓子にしかならんかったんだ」
「いや、あれはお菓子だろう」
「そうだ。だが、バアさんやお前が作ったモノは、それだけじゃない。体に力をみなぎらせたり、呪詛を解いたり、怪我を直させたりする力を持つ。どんな理屈かは知らんがな」
開いた口が塞がらない。そんな話は聞いたことがない、この世界では。
「いや、お前に売るのを勧めたのは、美味いからって事もあるぞ。だが、それだけじゃない」
道の駅は、一般の人ももちろん訪れる。その人達にも祖母のお菓子は人気だったそうだ。その味を引き継ぐならば、と。
祖母の菓子にはもう一つの効能があった。祖父が言うように、妖物と対峙した者達がそれによって齎された怪我や呪いを払うという。
「聞いてない、聞いてないぞ」
「綿貫が半泣きだったと言っていただろう」
「そりゃ、だってホントに涙ぐんでたし」
「あいつの弟が質の悪い呪詛を受け、手の打ちようが無かったんだ。村の巫女でもどうにも出来なかった。この所、そうした案件が増えたってぇので力が溜めにくくなっていたというのもあったんだと思うんだが。で、一縷の望みを掛けたんだ」
そんなもの掛けんでくれと、絶句した。
「効いたのかよ。っていうか、ジイさん、下手すりゃそれは詐欺だろう」
ようやくそう言うと
「詐欺じゃねえ。俺がプリン食って治ったからな」
「ヘっ」
「あの時に体調が優れなかったのは、ちょっと当たっててな。
前の日に組合の会合に行くって言って出かけただろ。あれは、狩りに行ったんだ。その時にちょっとな。
まあ、軽かったんで大したことはないから、ホントに2、3日もすりゃ治ってたんだが、プリンで全快だ。ばあさんのプリンは、呪詛を除くのに覿面でな。お前のもその力が宿ってるぞ」
開いた口が塞がらなかった。
「おはぎ、頼まれたろう」
「ああ、肉と交換で」
「菰野達は、獅子狩りの為だったそうだ。山の中で、繁殖した連中が見つかったんだと。ちゃあんと、力や素早さが増したらしいぞ。お陰で楽に狩れたそうだ。感謝していた」
言葉が出ない孫を眺めて、
「おはぎの追加代金は、獅子の売上から計算して、振り込まれるはずだ。今後も、話が来るんじゃないか」
「そんな話は聞いてない」
「いや、言っていなかっただけだ。それに、今、言っただろ。
時を見て、俺から話すと言ってあったんだ。
この村がどんな場所か知らなければ、絵空事にしか聞こえまい。だから、はっきりお前がここに住むと言うまでは、内緒にしておいたんだ。お前だって、酒呑に会わなかったら俺の話を信じたか ?
いや、お前は紛うこと無きばあさまの孫で、その血を引いているよ。この家に取っちゃ有り難いことだ」
迅自身にしても、異世界での魔王討伐や箱庭については話さなかった。
だから、祖父の言うことが判らんでもない、ないが。何か釈然としないものを感じる。理不尽だというのも違う気がするが、なんだかモヤモヤが去来する。
だが、「世界のために魔王の討伐を」と乞われた時とは違い、「自分達がここで生きるためだ」という言葉には納得するものがあった。それなら、いいかとも思わないでも無い。だが、しかし。
「俺、もしかしなくても戦闘と支援と両方する事になるのかよ」
ボソッと言ったら
「いや。戦闘は酒吞に任せっきりでも問題はない。お前ができるって言うなら、そうしてもいいがな。
因みにばあさんは両方だった。そうは言ってもぶん殴るのは主に酒呑の役目だったがな。
バアさんは中々えげつなかった」
がっははと大口を開けて祖父が笑った。
(何だよ、えげつないって)
ここは迅にとって異世界よりもハードかもしれない……。
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