木一堂とあたしの或る日⑮
「えっと……」
あたしは阿佐見さんの言葉の意味を上手く消化出来ず、眉根を上げることしかできなかった。
「あー少し詳しく説明するとですね。流石に上代や平安前後ぐらいの人は来る必要がないので、来られても来ることはありませんが、この本屋は先程も申し上げた通り、本当に様々な年代の人が本を売り買いしに来ることが出来ます。本が存在する時代であれば、何時の時代でもです。ですが、どの時代でも、誰でもこのお店に来ることが出来るのかとと言われれば、それは違うと答えます」
「と、言うと?」
「簡単に言うと、この店に来ることができるのは、この場所に来ても良いと本屋に――ここ、木一堂に判断された人だけということです」
その言葉に、頭の中にハテナマークが溢れてくる。この人はやはり、あたしをからかっているのだろうか。
「まあ、信じがたいことですが、これは事実なんです。ですが、選ばれる基準は大体決まっています。例えば、生活に困っている且つ、本を手放すしか無い人。コレクターなどではなく、純粋に本が好きな人。それに、物語を心から愛している人です。反対に、絶対に入る事ができない人は、趣味であれなんであれ物語を書いている人。もしくはこれから先、物書きを生業とする人ですね」
それから、阿佐見さんは「後は迷い込んでくる人もいるにはいるんですがね」と言って笑った。
「本屋が選ぶ……」
あたしは店に並べられた本達を見つめながら、譫言のように呟いた。
「哲学者、森信三曰く、『人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず』と言うことですよ」
阿佐見さんはそう言ってどこからともなく『改造』を取り出し、あたしに手渡した。
「これは……」
困惑気味のあたしに、彼は頷くことで答える。
「また読みたくなれば、いつでもおいでください。本屋共々、あなたのことをお待ちしておりますので」
阿佐見さんは初めて会ったとき同じように、穏やかな微笑みで言った。
「ありがとうございます……」
『改造』を優しく両手で包み込むように持つ。すると、心臓が強く鼓動を打つのが分かった。
「物語って、やっぱり不思議ですね」
「えぇ。物語だけでは無く、本という媒体は本当に不思議なものですよ」
阿佐見さんはそう言ってからからと愉快そうに笑った。
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