第11話
「ねえ、フヒト。この子とはどういう関係なの?」
笑顔の舞子はなぜか俺の足を全力で踏みつけた。
「いたたたたっ!」
なんでそんなに怒ってらっしゃる!?
「ヒフト様と私は主人と下僕みたいな関係なんです」
KYマイスターであるニーナが盛大に燃料を投下しやがった。
もうやめてくれ! 俺はただ静かに学校生活を過ごしたいんだ!
再度に渡る爆弾発言にまたもや教室内はヒソヒソ声で溢れかえった。
「ああ、ややこしい! 雪だるま式にややこしくなる!」
俺は立ち上がって舞子に正対し、
「いいか舞子! 良く聴いてくれ!」
そしてクラス全体に聞こえるように声を上げた。それは舞子の誤解を解くと同時にクラスの誤解を解くために必要な行動だった。
「俺とコイツとの関係はお前が思っているような関係じゃないんだ! なんていうかこいつは下僕よりももっと下っ端、俺のペットなんだよ!」
「――ッ!」
教室の空気が一瞬にして凍りついた。しばし静寂に包まれた後、裏を返した様に一気にざわつき始める。
「あ、あれ? 俺の言ったこと、なんか変だったか?」
「いやん、ヒフト様ったら大胆ですよ」
ニーナは両手で頬を挟み、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「……サイテー」
舞子は吐き捨てるようにそう言った。
それ以降、舞子が俺と目を合わせてくれることはなかった。
この日、俺は高校で唯一の友達を失った。
昼休みになるとニーナはクラスの女子に誘われてランチに連れ出されていった。
これでやっと静かになった訳だが……。いや、別に寂しくなんかないよ?
俺の机の上にはヤツが作ってくれた弁当が鎮座している。朝早く起きて作ってくれたらしい。ちなみに昨日の夕飯も、今朝の朝飯も豪華過ぎるほどの料理が食卓に並んでいた。量、質ともに一流旅館の食事と比べても見劣りしないクオリティーである。ポンコツ呼ばわりしていたが意外に器用なヤツだった……。
可愛らしいファンシーな巾着袋から弁当箱を取り出そうとしたそのとき、
「一緒に昼飯食べないか? 夜剱くん」
俺は弁当箱から視線を上げた。
目の前に立っていたのは茶髪のチャラチャラした軽薄そうな男だった。確かボッチになる前に何度か話したことがあったはず、しかし名前が思い出せない。
「あ、えっと……」
久しぶりにクラスメイトに話しかけられてしどろもどろになる俺。軽薄そうな見かけとは裏腹に男はあぐねるように微笑を浮かべる。
「あ、悪い……やっぱ迷惑だったよね」
「い、いや、大丈夫だよ……、その……えっと」
「はは、同じクラスなのに名前を忘れっちゃったのかい? 俺は山根陸夫だよ」
そうだ、こいつの名前は山根陸夫、名乗られてやっと思い出した。席が近いこともあって確かに四月にも名乗り合った気がする。
「じゃあ、失礼するよ」
空席になっている前列の椅子をくるりと回して座った山根は俺の机の上にコンビニのロゴが入ったビニル袋を置いた。その中には総菜パンにおにぎり各種、それから着色された紫色のサイダーが入っていた。
とりあえず、巾着袋の中に突っ込んでいた手を引き出して弁当箱を取り出した俺は二段重ねの弁当箱の蓋を開けた。上の段には卵焼きやタコさんウインナー、ミニトマトなどが彩り良く並べられている。といことは下の段はご飯だなとオカズの入った上段を持ち上げた手が硬直する。
白米の上に敷き詰められているのは甘辛く味付けされた肉そぼろ、ここまでは良かった。問題は中央にでかでかと桜でんぶで形作られたハートマークであり、きざみのりで書かれた〝LOVE〟という文字である。
「はうあっ!」
俺は慌てて蓋を閉めた。
「ん? どうかしたの?」
「いや、なんでもない……」
「それにしても驚いたよ。夜剱くんがあんな可愛い子と一緒に住んでるなんてさ」
「ああ、うん、まあ、なんつうか成り行きで……。そ、それよりフヒトでいいよ」
いきなりパーソナルゾーンに踏み込んできた山根に若干の戸惑いを覚えながらも、正直少し嬉しくもあった。舞子以外のクラスメイトと話すなんていつ以来だろうか……。
「そう? じゃあ俺のこともリクオって呼んでくれよ、リッくんでもいいぜ?」山根陸夫は子供っぽく歯を見せてカラリと笑った。
「ところでさ、フヒトってストコレやってるよね?」
「え? なんで知ってんの?」
俺の疑問にリクオは呆れた顔をしながら、
「何言ってんだよ。ほら、この前さ、授業中にメールの着信でスト娘のボイスが盛大に響いたじゃん、あれってフヒトだろ?」
「……あ」
思い出した。確かにそんなことがあった。あのとき俺はクラスメイト全員の視線を一人独占したのだ。しかもメールの内容が母さんからの買い出し注文メモであったという寂しく思い出したくもない記憶だった。思い出しただけで穴蔵に引きこもりたい気持ちになる。
「実は俺もやってんだよね」
現実逃避する俺の意識をリクオの声が引き戻した。
「……は? なにを?」
「なにってストコレだよ。まだやり始めたばっかで苦戦してんだけどさ、ちょっとレクチャーしてくれないか?」
なんと……、ストコレをやっているヤツがこんな身近にいたなんて……。
俺は思わずガッツポーズで叫びそうになる拳を抑え込み、あくまで平静を装う。
「お、おお……、別にいいけど。ちなみに今どの辺まで進んでんの?」
「あー、確か二の三だったな。そこからなかなか進めなくてさぁ」
リクオはオーバーリアクション気味に肩を竦めた。
「あー、確かにその辺りから編成とか装備とかが重要になってくるからな」
「だろ? だからよ教えてくれよ! 頼むぜ! さっそくだけど今日とかヒマだったらフヒトんち行ってもいいか?」
「……まあ、別に構わないけど」
「おっしゃ! じゃあ一緒に帰ろうぜ!」
「お、おう」
ドギマギしながら俺は返事を返していた。
な、なぜだ。ただ男と話しただけなのになんでこんなにドキドキするだよ……、これはなんなんだ? 俺はそっちの気があったのか?
いやいやいや、ただ単純に嬉しいんだ。クラスメイトと話せることが、友達と話せることが嬉しかったんだ。
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