第10話

 その日は清々しいくらい晴れていた。

 雲一つない青い空はなんとも気持ちが良いものである。のだが、如何せん暑い……。

 まだ五月半ばだと言うのにこの暑さはなんなのだ。このまま夏を迎えたらマジでヤバい。


 いつもの様に登校し、いつもの様に教室に入った俺はある違和感を覚えた。二枚の同じ構図の絵を見せられ、一つだけ間違いがあるから探してくれと頼まれたのはいいが、あまりにも簡単過ぎて本当にそれが正解なのかと狼狽えるくらいのレベルだ。


 窓側最後列の俺の席の後ろに新しい机と椅子が用意されている。つまり生徒がひとり増えるということだ。正直に言って嫌な予感しかしない。


 忌々し気に新たに設置された机を睨みながら俺は席に付く。そして誰かと挨拶を交わす訳でもなく、ホームルームの時間まで窓の外を眺め始める。


 ハッキリ言おう。


 俺には友達と呼べる友達がいない。高校一年生の友達作りは友達未満の状態で終焉を迎えた。つまり友人関係を築くことに失敗したのだ。

 その原因は、やはりとでも言うべきか俺の無駄なこだわりのせいだったりもする。

 四月中旬までの俺は普通にクラスメイトと挨拶を交わし、席の近い奴らと自然に会話していた。高校生活のスタートとしてなんら問題はなかった。だが、クラスがケータイというツールで繋がり始めた頃から変化は訪れた。

 頑なにガラケーを使い続けていた俺は、無料通話アプリ〝トレイン(ガラケー非対応)〟のグループに入れなかったのだ。


 それから次第にクラスの話題から取り残されていき、徐々にクラス全体の俺に対する認識も〝孤独を好むソロプレイヤー〟という方向性に固まっていった。今では逆に気を使ってくれているのかクラスの連中は話しかけてこなくなった。


 別にいいんだ……、俺にはスト娘たちがいる……。そうさ……なあ、お天道様よ。


「おはよう、フヒト」


 肩まである栗毛をなびかせた一人の少女がミスター・ボッチである俺に挨拶してきた。

そういえば唯一の友達がいた。いや、友達とはちょっと違う。幼稚園からの腐れ縁の女子、幼馴染の小川舞子である。


 舞子は俺と違って人気者で友達も多い。その容姿は一緒に歩いているだけで他の男共から羨ましがられるくらいには整っている。

 水泳部所属でスタイルも良く、負けん気の強そうなツリ目がちょいキツめの性格(俺にだけ)を表しているが、彼女の人気は一学年においてぶっちぎりだ。


 一緒に育ってき俺には兄弟姉妹みたいな存在で、我が姉と舞子のせいで女子が苦手な部分もあったりする。


 それに俺が知っている舞子は竹をぶった斬ったぐらいサバサバで無駄にプライドが高く、意地っ張りなうえに泣き虫な普通の女の子である。


「ああ、おはよう」


 俺は窓の外から内側に視線を切り返す。舞子は俺の後方をキョトンと見つめていた。


「あれ、なにこの机? 転校生でも来るのかしら」


「……さあな」


「そういえば昨日大丈夫だった?」


「な、なにがだよ!?」


 不意の問いに俺の鼓動がビクリと跳ね上がる。


「なに動揺してるの? 昨日の事件のことよ」


「あ、ああ……、あのモンスターのことか? 投稿動画でちょっと見たくらいだよ。テレビでやってなかったから報道規制されてるみたいだな」


「うん、表向きはガソリンスタンドの爆発ってことになってるみたいね。私の友達が現場の近くにいたんだけど危ないところだったって。一体なんなのかしらあの化け物……」


「こっちが訊きたいぜ……」


 机に頬杖を付いたところで朝のHRを知らせるチャイムが鳴り響き、少し遅れて教室に入ってきた担任教諭は教卓に出席簿を置いて開口一番にこう言った。


「みんなおはよう。突然だが留学生を紹介するぞ」


「先生!」


 この展開を見越していた俺はすぐさま立ち上がり担任の言葉を遮る。


「なんだ夜剱?」


「断固としてお断りします!」


 直後、異議申し立てするように教室の戸がピシャリと開いた。

 やはり現れたのは桜髪の少女こと、異世界人ニーナ・アイリス・エーテリアナは頬をぷっくり膨らませている。


「なんでそういうこと言うんですか!」

「ほらやっぱり来やがった!」


「なんですかその態度! その嫌そうな顔! もっと優しくしてくださいよ!」


「うるせえ! 居候させてやってるだけありがたく思いやがれ!」


「なっ! あそこはもう私の家ですよぉ!」


「そうかもしれんが俺のベッドの下を勝手に掃除すんじゃねぇッ! ……はっ!?」


 しまったと思ったときには既に遅かった。教室が騒めいている。クラスの連中がジロジロと俺のことを見ている。隣の席の舞子はじっとり湿った視線で蔑むように俺を見つめていた。


「はいはい、仲良しアピールはそのへんにしてくれよ。じゃあ自己紹介して」


 担任に促されたニーナは教壇に立った。


「ミナサンハジメマシテ、外国から来ましたニーナ・アイリス・エーテリアナです。ヨロシクお願いシマース」


 ペコリと会釈したニーナがニコリと微笑むと野郎共から歓喜の声が湧きあがる。クラスの女子もニーナの破格的な可愛さに圧倒されているようだ。容姿だけなら超一級品だからな、容姿だけは……。


 しかも変なイントネーションの片言でしゃべりやがって、だいたい外国ってなんだよ。サキュバスだから外国ってことか? 


 アバウト過ぎてイライラすんだろうが、なんでみんな受け入れてんだよ。


「彼女は夜剱の家にホームステイしているそうだ。外国から来たばかりで分からないことばかりだと思うから、色々と助けってやってほしい」


「……」


 見事にヘイトを集めた俺に男子勢からの殺意の視線が注がれている。


「じゃあ、席は夜剱の後に用意しといたから、あそこに座ってくれ」


「はーい!」 


 ホームルームが終わってから次の授業が始まるまでの僅かな時間、本来ならば転校生の周りに生徒たちが集まり、なんやかんやと質問詰めにされるのが定番であるとは思うのだが、誰も彼もニーナのことを遠巻きに眺め、その様子を窺っているだけだった。


 なぜなら俺の後方に座るニーナが頻りにソロプレイヤーである俺にちょっかいを出してきているからだ。


「フヒト様、この漢字が読めません。教えてくだサーイ」


「馴れ馴れしく話しかけるな。なんで学校にまで来やがった」


「私とフヒト様は一心同体じゃないですかぁ」


「誤解されるようなことは言うな」


「おっぱい舐めたくせに……」


「オツパイじゃないだろうがッ! 舐めてもねーよ! ――はっ!?」


 殺意の視線が! ヘイトが! ヘイトがぁ! クラスの男共から殺意の視線が注がれている! そして女共からは汚い物を見る様な視線が突き刺さる!


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