第4章

第33話 朝は短し鍛えろカナメ

 水曜日の朝、俺はスマホが震え出す少し前に覚醒した。

 

 て言うか俺、誰にも青葉が好きとか付き合いたいとか言ってなくね?


 昨日、杵島にパーティーに誘われた時の撒き餌として青葉の名前が出てなぜか姉ちゃんも俺が青葉を好きな前提で話して居た。


 なぜ皆俺があの次に何をするか分からないつかみ所の無い女が好きだと思って居るんだ?

 そもそも俺は勘違いとは言え殴られてる様な関係だぞ?

 まずそこから一発逆転で付き合えるとかあるか?


 そりゃあ青葉は美人だ、あの容姿には男女関係なく憧れるだろう。

 普段は澄ました感じで振る舞おうとしているがよく見せる子供っぽい仕草が親近感をわかせる。

 何よりあの笑顔が良い、どこか冷たい印象を抱かせる顔つきが暖かくなるあの瞬間が――


「駄目だこりゃ」


 俺完全に青葉のこと好きなんじゃないか?


 いや、まだ日曜に初めて会って今日でやっと四日目だぞ?

 早すぎる。

 今まで誰かを好きになった事が無いわけじゃ無いが、こんな早かった事あったか?


 そりゃあ一目惚れと言ってしまえばそれまでだが、しかしそれって外見が好きなだけじゃ無いか?

 もしくは笑いかけられたりした時向こうが自分に好意を抱いていると錯覚するモテない男の悲しき条件反射じゃ無いのか?


 自問自答の無間地獄に落ちかけた時枕元のスマホが震え出す。


 そういえば、昨日筋トレサボったな。

 

「やるかー」


 どのみち俺の賢さは筋力の半分しかないのだから考えたって仕方が無い。


 俺はベッドから飛び起きいつも通りスクワットから始める、なんだか今日は頭の中がこんがらがって居るのに比べ身体は驚くほど調子が良い。

 負荷が足りないと思えるほどに身体が軽い。


 いつもならスクワットから腕立て伏せ、腹筋とこなしていく内に後に待っているランニングの事を考えテンションが下がって行くのだが今日は違う。

 むしろこんな体調の良い日は走らなきゃ損な気さえしてくる。


 俺はいつも通り筋トレを終え、走り出す準備をとっととすましまだ薄暗い町を駆けていく。


 信号にわざと引っかかるなんてまねはせず、いつもより軽やかにそして早く足を動かす。

 一体自分に何が起きたのだろうかまるで魔法にかかった様に――


 あーそう言えば昨日レベル上がってたわ。


 俺は自分の身体に起きた変化の正体に気づき自分でもわけが分からないが何故かテンションが下がった。

 走ってる最中頭をよぎったいつものコースを二週目行こうとか走るコースじたい伸ばしてみようとかそう言う邪念を一切捨て去り、俺はさほど疲れる事無くいつも通りのコースを走りきり自宅に戻った。


 俺は気乗りしない身体と心に鞭打って物置から5キロの木刀を取り出し振り心地を確かめる。

 縦に振り下ろし振り上げるいつも通りの動き違和感なし、次に振り下ろした時木刀を地面と水平まで角度を落とすさっきより負荷が上がるが違和感なし。


「あぁ」


 俺は無意味でちっぽけな悲鳴を上げる。


 子供の頃はレベルアップを経て超人になることを夢見ていた、しかしいざそれを経験してみると正直自分の今までの努力をかすめ取られた様な気さえしてくる。

 俺は冒険者になる為に幼い頃から身体を鍛えて来た、しかし俺の中で何時の間にか筋トレは手段では無く目的に変わって居たようだ。

 少しずつ少しずつ、力が強くなって筋肉が付いて行って出来ない事が出来るようになる。


 ダンジョンと言うのは本当に恐ろしい、スキルもレベルアップも本来途方もない時間と労力をかけて手に入る成果を実質的にモンスターを倒すだけで手に入れられてしまうのだから。


 青葉のばあちゃんが言っていたらしい、スキルに頼って居るとスキルなしでは何も出来なく成ると言う理屈が本当なら、ダンジョンからもたらされるスキルやレベルアップに頼り資源を求める現代文明はどうなのだろうか。

 俺はそう言えば人類がダンジョンが出来てから積極的に宇宙を目指さなく成った事が思い当たり寒気がした。


 だがまあ、宇宙について何の知識も無い俺の思いつきなど何の意味もない。

 案外俺がニュースとか見てないだけで宇宙開発とかめちゃくちゃ進んでる可能性もある。


 結果として強くなりたいと思っていて強くなれたのだから俺の努力は奪われていない、むしろ別の形の努力で結果が出たと考えるべきだろう。


 俺はいつものように家族が洗面所を使い終わるまで素振りを繰り返す。


「薬草集めで儲かったら10キロの奴買うかー」


 今振っている木刀の単純に2倍のサイズに成る木刀を片手で振り回せる自分を想像してわくわくしながら。


 


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