第一階層・件鬼(4)

 スフィンクスと件は、似ている。

 人の顔に、動物の体。

 なぞをかけるのと、未来のことを答えるっていう違いはあるけど、言葉を使って人間を追いつめるところは同じだ。

 じゃあ、もしかしたら──弱点も似ているんじゃないだろうか。

 なぞかけに負けたスフィンクスが死んでしまったように、件も、真実を的中させられなかったら、ダメージを受けるんじゃないだろうか。


 そう考えたわたしは、お父さんに電話をかけた。

 量子力学について聞くために。

 件鬼にも絶対に解けない問題を――物理的に答えを知りようがない問題を、教えてもらうために。


 結果は見てのとおり。

 件鬼は今、動けない。

 そのすきに、わたしは件鬼のあごの下にもぐりこんだ。ポケットから出したガラスの破片で、カギを結んでいたひもを切る。

 ずっしりしたカギをつかんで、今度は一目散に、反対方向へ走りだす。

 すぐ背中で、怒りと苦しみでいっぱいの吠え声があがった。もう、人の言葉にはなっていなくて、牛の鳴き声そのものだった。


 大理石の扉が近づいてくる。

 あそこがラビュリントスのゴールだ。あの中に入れば、わたしはいますぐ解放される。

 だけどわたしは扉には入らず、その横にある階段へむかった。そして、上のフロアめざして全速力でのぼりはじめた。


 後ろでふたたび絶叫がひびいて、ラビュリントスがゆれた。


 階段をのぼりきり、二番の扉を内側から開いて、大正時代の洋館を組み合わせて作ったフロアへと飛びだす。


「モネちゃん!」

 わたしは叫んだ。

「モネちゃあああん!」

 叫びながら角を曲がったとたん、すぐ目の前に、巨大な影が立ちはだかった。

 レコード部屋の怪人──峰背明日太だ。


 ぎくっとして身がまえたわたしは、すぐに、相手のようすがおかしいことに気づいた。

 首にレコードがささってない。おまけに、肉切り包丁も持っていなくて、手ぶらだ。


「ウウ……ウウウウ……」


 怪人はまるでわたしが見えていないみたいに、横をすどおりしていった。

 廊下のはじにソファが置いてあるのに気づくと、はいつくばるようにしてその下を探し、ほこりまみれのレコードを引っぱりだす。

 なにかを確かめるみたいに、ゆびでレコードのみぞをなぞったかと思うと、かんしゃくを起こしたように床にたたきつけた。そして、かぶった麻袋の上から頭をかきむしる。


 わたしがポカンとしていると、

「……柚子さん?」

 廊下のむこうから、声がした。


 ふりむくと、モネちゃんが部屋のひとつから顔を出すところだった。ワンピースがほこりでよごれ、カンカン帽がくしゃっと曲がってしまっているけれど、ケガはしていない。

「モネちゃ……わぷっ」

 わたしが名前を呼ぶより早く、モネちゃんが腕の中に飛びこんできた。

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