第一階層・件鬼(5)

「無事だったのね。よかった! ほら、もっとよく顔を見せてちょうだい」

 そう言って、モネちゃんはわたしの顔をあげさせようとしたけど、つい、抵抗してしまう。

 わたしはまた、泣きそうになっていたからだ。

「ずいぶん、怖い思いをさせてしまったようね。ひとりぼっちにさせて、ごめんなさい。あたくしったら、ふがいなくて自分がイヤになるわ」

「ちがっ……。わ、わたしの……わたしのせいなの。わたしのせいで、モネちゃん……死んじゃったんじゃ、って……」

 ちゃんとあやまりたかったのに、のどがつかえて言葉にならない。

 そんなわたしを、モネちゃんは優しくなでてくれた。

「心配してくれたのね。ありがとう。でもいいの。あたくしはもうとっくに死んでいるんだから、少しくらい傷ついたってへいちゃらなのよ。とはいえ、あたくしだけでは扉のカギが開けられなかったから……迎えに来てくれて、本当に助かったわ」


 ガンッと大きな音がした。怪人が壁をなぐりつけた音だった。

 びっくりしてふり返ったわたしに、モネちゃんが笑いかける。

「ああ……あれ? 別にもう、心配いらないと思うわよ」

「な、なにをしたの?」

「レコード部屋にあったコレクションを、全部ぐちゃぐちゃにして、いろんなところにかくしてやったの。あの人、その日の予定がふきこまれたレコードを聞きながらじゃないと、なにも手につかないらしくってね。ああやって、必死に『今日のぶんのレコード』を探しているのよ」

 モネちゃんは悲しそうな目で、怪人を見つめた。

「あの人は、件の予言にたよりきって、自分で考えることをやめてしまったのね。なんだか、とても……あわれだわ」


 その気持ちはわかる気がした。

 きっとあの人は、失敗するのが怖かったんだ。

 だから、ぜったいに失敗しない方法をもとめてしまった。……そんな方法、生きるのをやめてしまう以外に、あるわけがないのに。


 そこでモネちゃんはふと、わたしがにぎりしめている金色のカギに目をとめた。

「柚子さん? こ、これって……?」

「一番の扉のカギ。件鬼が……この下にいたおばけが、持っていたの」


 今度は、モネちゃんがポカンとする番だった。

 目をまん丸にして、わたしを見つめていたかと思うと……急にいたずらっぽい笑みをうかべる。


「ほら、ごらんなさい。あたくしの言うとおりだったでしょう?」

「え。なにが?」

「こんなラビュリントスなんて、柚子さんひとりで攻略できてしまいそう、って、あたくし前に言ったわ。そのとおりになったじゃないの」


 わたしは一瞬、こみあげてきたあたたかいもので、胸がいっぱいになるような気がした。

 それでも、ゆっくりと首を振ってみせる。

「ちがうよ。わたしひとりじゃない……いろんな人が、知恵や勇気を貸してくれたから」


 そのときだった。

 地ひびきがして、バリバリバリッ、と足元の床にひびが走った。

 あわててその場を飛びのき、走りだす。

 直後、廊下の板を突きやぶって、件鬼が姿を現した。

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