中間点D(1)

 すっかり日が落ちてから帰ってきたわたしに、お母さんはカンカンだった。

 ずいぶん長めのお説教をされたけど、わたしの心はマヒしたようになっていて、きびしくしかられても、いつもみたいにイヤだったり悲しかったりはしなかった。


 夕食は食べても味がわからなくて、しかたなく、お茶で流しこんだ。


 お風呂をあがって、ベッドにたおれこむと、明日の準備をするのも忘れて、スイッチを切るように眠ってしまった。


 夢は見なかった。



 次の日。

 朝起きてから、一時間目の音楽の時間にリコーダーの発表があることを、急に思いだした。昨日のうちに練習しておかなきゃいけなかったのに、ぜんぜんやっていない。


 着がえて朝ご飯を食べ、学校まで歩いていく間、わたしはリコーダーのことを考えていた。


 今からおおいそぎで学校に行って、必死に練習するのはイヤだった。

 発表の時間、みんなの前で何もふけずにうつむいているのもイヤだし、そのあと、先生から「どうして練習してこなかったの?」と聞かれるのもイヤだ。

 今となっては、そんなこと、全部ムダとしか思えなかった。


 わたしはモネちゃんを見すてた。


 あんなレコードなんて、拾おうとしなければ……いや、そもそも、持って帰ろうとしなければよかったんだ。

 でも、あのときは、どうしても必要な気がしてしまった。


 二学期になっても、モネちゃんは学校にやってこない。それどころか、ラビュリントスでの冒険が終わってしまったら、二度と会うことはできない。

 なぜなら、モネちゃんはもう、死んでいるから。


 それを聞いたとき、わたしの胸には、ぽっかりと大きな穴があいたようだった。

 その穴をうめるために、せめて、ラビュリントスからなにかを持ち帰らなくちゃいけないと思った。だから、レコードをあきらめられなかったんだ。


 大きな間違いだった。

 間違ったせいで、わたしは、レコードも、モネちゃんも、どちらも失った。

 大きいつづらをもらおうとよくばって、結局、なにも得られなかった、舌切り雀のおばあさんみたいに。


 それだけじゃない。

 わたしは今日の放課後には、自分ひとりでラビュリントスにいどまなくちゃいけないんだ。


 ラビュリントスから解放されるには、最後にのこった一番の扉を、自分ひとりの力で開けるしかない。

 でも……これまでずっとモネちゃんに助けられてきたわたしに、そんなことできるはずがなかった。


 つまり今日、わたしは死ぬ。

 ラビュリントスの最下層に住むおばけにつかまって、二度と帰ってこられない。


 それなのに、リコーダーの発表のことを心配していなくちゃいけないなんて……バカみたいじゃない?


 ああ──もうイヤだ。なにも考えたくない。

 学校もイヤ。先生もイヤ。友達もイヤ。勉強も、塾も、受験もイヤだ。家族がイヤだ。お母さんがイヤだ。わたしがイヤだ。イヤだイヤだイヤだ。


 気づいたらわたしは、また泣いていた。


 学校はすぐそこ。学路は小学生でいっぱいだった。

 通りすがる下級生たちが、歩きながら泣いているわたしの顔をジロジロ見てくる。

 信号前で旗をふっていた地域の人が、わたしに気づいて、不審そうに顔をしかめた。


 わたしは上着のそでで顔をかくしながら、通学路をはずれて、細い路地のひとつに逃げこんだ。

 一度そっちに行ってしまうと、もう、学校にもどる気にはなれなかった。


 その日、わたしは、生まれてはじめて学校をさぼった。

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