第二階層・レコード部屋の怪人(8)

 わたしは走った。

 小窓と反対側にあるドアを使って、倉庫からぬけだしたあとは、なにも考えずやみくもに走った。走っているうちに、涙が出てきた。


 失敗した。

 失敗した、失敗した、失敗した。

 わたしは、とりかえしのつかない失敗をしてしまった。


 べそをかきながら走るうちに、階段にたどりついた。

 洋風のドアに、牛頭の南京錠。マークは「β´ベータ」だ。


 カギをあけ、扉の中にすべりこんだわたしは、そこでモネちゃんを待った。

 五分待ち、十分待っても、モネちゃんは追いついてこない。


 やがて、廊下の奥からドスドスという足音とともに、怪人が姿を現した。

 肉切り包丁を提げた反対の手に、くしゃっとつぶれたカンカン帽を持っていた。


 わたしは悲鳴をあげた。

 扉の中へ逃げこみ、カギをかける。

 怪人は扉のすぐ前までやってきて、しばらく、こちらのようすをうかがっていたけれど、やがてあきらめたのか、ゆっくりと去っていった。



 どれだけ待っても、モネちゃんは追いついてこなかった。

 わたしはひざをかかえたまま、ずっと泣いていた。

 頭の中で、わたしのせいだ、という言葉がぐるぐると回っている。

 わたしのせいだ。

 わたしのせいだわたしのせいだ。

 わたしのせいで、モネちゃんは……。


 モネちゃんが来るまで、次の階への扉は開けないつもりだった。いつまでも、ここで待つつもりだった。

 でも、待っているうちにどんどん心細くなり、おなかもすいてきた。

 拝田くんの家から帰るとちゅうで姿を消したわたしを、家族も心配しているだろうと思った。


 涙が出なくなり、のどがすっかりかれてしまうと、わたしはふらふらと立ちあがった。

 階段をおりていくと、つきあたりに、白い大理石でできた、重そうな扉があった。


 わたしは扉を開いた。

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