第二階層・レコード部屋の怪人(4)

「うそ」

「本当よ。証拠は、柚子さんがその目で見たでしょう」

「でも、モネちゃんはさわれるよ。体があるよ……!」

「ラビュリントスの中にいるからよ。ここは、そういう場所なの。人面犬も、丑の刻参りの女も、うしむしも……ラビュリントスの力でこの世につなぎとめられ、実体を得ているのよ。外の世界では、柚子さんにあたくしの姿は見えないし、声も聞こえないの。見えたとしても、せいぜい、ほんの一瞬よ」


 モネちゃんは落ちついていた。

 まるで、いつかこうなることがわかっていたみたいだった。


「だまっていて、ごめんなさいね。でも、柚子さんをこわがらせないためには、同じ小学生のふりをしたほうがいいと思ったの。いっしょにいないと、あなたを守ってあげることも、あたくしの目的を果たすこともできないから」

「どういうこと……?」


 わたしの声はふるえていた。

 足が急に、ゴムのようにぐにゃぐにゃになった気がして、わたしは、その場にへたりこんでしまう。


「あたくしのお父さまは、有間大道という、迷路職人だった。でも、迷路職人というのは表むきでね。本当は、ヨオロッパで魔術や呪術を学んだ、オカルト研究家だったの。このラビュリントスを作ったのは……お父さまなのよ」

「つ、作った? なんで?」

「峰背さんみたいな人たちに、やとわれたから。あの人たちはラビュリントスを使って家におばけを閉じこめ、その力を利用して、幸福になろうとしたの。昔の家では、塗籠ぬりごめという部屋に神さまを隠しておくことがあったのだけれど、それと同じようなものね」


 おばけの力で……幸福に?


「それって、件?」

 わたしが言うと、モネちゃんは少しだけ笑った。

「大あたり。峰背さんは、お父さまに、件のためのラビュリントスを作らせたの。本当なら、一度、予言をしただけで、件は死んでしまう。だけど、この迷宮の中でなら……件を生かして、予言をさせ続けることができる。でもね」

 モネちゃんは苦しそうな表情にもどって、くちびるをかんだ。

「おばけの力は、人間なんかの手にはあまる。結局、峰背さんの一族は、件の予言に振りまわされ、滅びてしまったの。……あたくしがそれを知ったのは、自分が死んだあとだったけれどね」


 そうか。じゃあ……峰背家にまつわるうわさは、ほぼ正しかったんだ。

 峰背家の人々は、件を作る実験に成功した。

 みんなの想像をこえていたのは、ラビュリントスなんてものを作らせて、その件を飼っていたことだ。

 もしかしたら……峰背家の成功のいくらかは、その、長生きした件の予言のおかげだったのかもしれない。


 ふと気づいた。


 この部屋にある、日付だけが書かれたたくさんのレコード。

 これって、件に予言させた内容を録音したものなんじゃないかって。


「峰背家がほろびても、ラビュリントスと件は、この土地にのこった。そして、ときどき子供を引きずりこんでは、生贄いけにえにしてきたのよ。……もしかして、柚子さんは最近、家に帰りたくないとか、どこかへ行ってしまいたいとか、思っていたんじゃないかしら?」

「えっ」

 わたしはぎくりとした。

 そのとおりだったからだ。


 受験も塾も、お母さんのお小言もイヤで、不安で……ここ最近はずっと、どこかに逃げだしたいと思っていた。

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