第二階層・レコード部屋の怪人(5)

「そういう子供は、ラビュリントスに迷いこみやすいのよ。昔だったら、『神かくし』なんて言われたんでしょうね。そして、悪いモノがいるところには、悪いモノが集まってくる。うしむしや人面犬は、地下にいる件に引きよせられて、この土地に集まってきたに違いないわ。……ラビュリントスはそうやって生贄を食らい、新しいおばけを取りこんで、勝手に大きくなっていく」


 モネちゃんは、トランクをにぎる手にぎゅうっと力をこめた。

「あたくしは、日本中にいくつも遺されたラビュリントスを、ひとつひとつ、壊して回っているの。でも、あたくしだけでは、本体のある最下層までたどりつけない。生きた人間でないと、ラビュリントスのカギを開けることはできないから」

「あっ」

 わたしは、昨日のことを思いだした。

 モネちゃんが自分で三番の扉を開けなかったのは、そのせいだったんだ。


 じゃあ……本当に……わたしとモネちゃんは、「違う」んだ。


「別の土地でラビュリントスを壊し、あたくしは、この街にやってきた。そして、次の生贄の子がラビュリントスに迷いこむのを待っていたの。同じ子供のふりをして、いっしょに行動するためにね。……ひどい話でしょう」

「待って。それじゃ……」

 思わず、質問が口をついて出た。

 それは、わたしがいちばん、答えを知りたくない問いかけだったのに。


「それじゃ、約束は? 二学期になって、モネちゃんが転入してきたら……いっしょに遊ぼうねって、約束したよね。それは、どうなるの?」

「……ここを壊したら、あたくしは次のラビュリントスを探しにいかなくちゃいけないわ。そうでなくっても……現実の世界では、あたくしは、ただの幽霊だもの。いっしょに学校にかよえるわけないわ」


 背中をむけるモネちゃんに、わたしはつい、せめるような声をぶつけてしまう。

「うそだったの?」

「そうよ」

 こっちを見ないまま、モネちゃんは言った。


「あたくしはうそつきなの。嫌いになったのなら、それでもよくってよ。だけど、もう少しだけ……第一の扉を開けるまでは、あたくしに同行してほしいの。そうすれば、柚子さんは自由になれるから」


 わたしはなにも言えなかった。

 なんと答えればいいかも、自分がどうしたいのかも、もうわからなくなっていた。頭がぐしゃぐしゃで、何も考えたくなかった。


 ギシリ。


 床板のきしむ音がした。

 わたしとモネちゃんは、同時に廊下の奥をむく。大きな人影が、こちらにむかって歩いてくるところだった。


 黒いスーツの男の人だ。

 腕も胸も、胴まわりも太く、筋肉でスーツが内側からもりあがっている。おまけに毛深くて、手の甲には、もじゃもじゃした黒い毛が生えていた。

 顔は……わからない。

 頭からすっぽりと、麻袋のようなものをかぶっているからだ。袋はところどころがほつれて、そこがのぞき穴のかわりになっている。

 右手には、四角い肉切り包丁。

 そして、麻袋の、ちょうど首の左側あたりにレコードが深々とつきささって、ゆっくりと回転していた。

 首から胸にかけて、白シャツが赤黒く変色している。


 レコード部屋の──首切り怪人。

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