第二階層・レコード部屋の怪人(3)

 かたん、とまた音がして、レコードの再生が止まった。勝手に針が外れる。

 動きを止めたレコードから、わたしは目が離せなかった。つやつやした黒い表面が、こっちをさそっているように感じる。

 わたしは蓄音機に近づき、レコードを外すと、近くにあった空の紙箱にしまった。

 だれかの目からかくすみたいに、ぎゅうっと抱きしめる。


 どっどっどっどっ、と、心臓が早鐘のように鳴っていた。


 とてもいけないことをしている気がした。

 でも……でも……これさえあれば。

 これさえあれば、わたしは合格できる。

 受験に失敗して、お母さんから見捨てられてしまうという恐怖から、わたしは解放されるんだ。

 レコードを胸にかかえたまま、わたしは逃げるように走りだした。

 部屋の扉を出ようとしたところで、むこうから来た誰かとはちあわせする。

「ひゃっ!?」

「あら」

 それは、今、わたしがいちばん会いたくて、いちばん会いたくない相手だった。


「柚子さん……よかった。今日はなかなか合流できなかったから、ずいぶん気をもんだわ。でも、いい知らせがあるのよ。見て。もうカギを見つけたの。当主の肖像画の下に、これ見よがしに引っかけてあったわ」

 モネちゃんはそう言って、金色のカギを見せながら笑った。


 なのに、わたしは凍りついたように固まったまま、なにも言えない。


 モネちゃんが、不思議そうに首をかしげた。

「どうしたの? ……まるで、幽霊にでも会ったような顔をして」


 ひくっ、とわたしののどが鳴る。


「柚子さん?」

 わたしのようすがおかしいことに気づいたのだろう。モネちゃんの顔から、すっと笑みが消えた。

「もしかして……あたくしの写真かなにか、どこかで見つけたのではなくって?」

「あ、わ、わたし……」

「見たのね」


 モネちゃんはそう言うと、ふうっとさびしげなため息をついた。


「……あのころはまだ、写真機が珍しくってね。撮ってもらえるとなったら、大喜びでレンズの前に立ったものだわ。まさか、その写真が百年も先まで残って、こんなふうに、あたくしを困らせるとまでは思っていなかったけれど」


「モ、モネちゃん。それって……」

「柚子さんの想像しているとおりよ」

 モネちゃんはそう言って、わたしをまっすぐに見た。


「あたくしは、大正十五年に死んで、それからずっとこの世をさまよっているの。有間モネは、幽霊なのよ」

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