第二階層・レコード部屋の怪人(1)

 しめった土とカビのにおいで、わたしは我にかえった。


 あたりを見まわすと、わたしがいるのは西洋のお屋敷みたいな、赤いじゅうたんの部屋だった。

 すっかり荒れてじゅうたんはけば立ち、壁には黒いしみがついているけれど、もとは立派な部屋だったのかもしれない。

 暖炉では今にも消えそうな火がちろちろ燃えていて、そのすぐ上の壁には、剥製にされた牛の首がかかっている。

 窓ガラスのむこうは、ごつごつした岩の壁にふさがれていた。それで、ここが地下だとわかる。


 わたしはラビュリントスに来ていた。


 なんと言って拝田くんの家をあとにしたのか、記憶がない。

 まっすぐ帰る気になれなくて、近所のコンビニに立ちよって……ジュースを買って自動ドアをくぐった瞬間、ここに来ていたのだ。


 ぼうっとしたまま、わたしは歩きはじめる。

 考えなくてはいけないことがあるのに、脳がそれを拒否している感じだった。


 床の穴をまたいで、部屋を出ると、板張りの廊下が奥へとつづいていた。

 ぎしぎしときしむ廊下を、ゆっくりと進む。

 天井からさがったランプのおかげで、あたりはそれなりに明るかった。

 曲がりくねり、枝分かれしている廊下の左右には、たくさんの扉がある。


 わたしは、そんな部屋のひとつの前で立ちどまった。

 半開きになった扉の奥から、うっすらと音楽が聞こえてくる。


 そっとのぞいてみるけれど、人の気配はしなかった。それで少しだけ大胆になったわたしは、部屋の中へ入ってみることにした。


 そこは、まるで図書館だった。


 広い空間に、天井までとどく大きなたなが、いくつもいくつもならんでいる。たなの中身は本ではなくて、うすい封筒というか紙の箱みたいなものが、ぎゅうぎゅうにつまっていた。

 部屋の真ん中にはどっしりした机があって、その上では、金色のラッパみたいなものがついた機械から、小さくピアノ音楽が流れていた。

 黒くて大きな円盤が、機械の中でくるくる回っている。


 テレビか何かで見たことがある。

 これ、昔のレコードプレイヤー……蓄音機(ちくおんき)だ。


 たなに収納されている紙箱をとりだしてみると、そこにもレコードが入っていた。これが全部レコードだとしたら、すごいコレクションだ。

 ただ、どんな音楽が入っているのかまではわからなかった。無地の紙箱には、手書きのペン字で、「昭和元年 十一月二十日」という日付が書きなぐられているだけだったから。

 他の紙箱も見てみたけど、どれも同じだった。「十一月二十一日」「二十二日」と、一日ずつずらした日付が書かれている。


 ──『レコード部屋の首切り怪人』っていうんだぜ。


 とつぜん、拝田くんの言葉を思いだして、わたしはゾッとした。

 わたし、何やってるんだろう。ひとりでこんなところに入ったりして。


 答えはわかっていた。怖かったからだ。

 モネちゃんと合流して……あの、古い写真に写っていた女の子のことを、聞かなくてはいけなくなることが。

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