中間点C(2)

「それで? 暮田の、古い歴史を調べているとか」

「歴史っていうか、怖い話が聞きたいらしいぜ。怪談とか、妖怪の言い伝えとか。『うしむし送り』の話は、昨日、おれがしたけど」


 横でおせんべいをかじりながら、拝田くんが言う。

 それを聞いてニヤリと笑ったおじいさんの顔は、孫の笑顔とそっくりだった。


「なるほど、怪談か。実は私も、そういう話には目がなくてねえ。ばあさんからは、今でもよく、『気持ち悪い話ばっかり集めてこないで』と怒られるよ」

 ハハハと笑ってから、おじいさんはふいに真顔になった。

「さて。古い話がご所望しょもうなら、峰背家みねせけ惨劇さんげきについて話さないわけにはいかないな。小学生には少々、刺激しげきの強い話かもしれないが」

「へ、平気です。お願いします」

「そうかい。では、少し待っていてくれ」


 おじいさんはうなずくと、資料を取りに居間を出ていった。

 出してもらったジュースをちびちび飲みながら待っていると、ぶあつい本を手にもどってくる。

 革の表紙に、金文字で『暮田市史くれたしし』と書かれていた。


「今から百年ほど前……それこそ、大正時代ごろの話になるんだがね」

 辞書みたいにりっぱな『暮田市史』のページをめくって、おじいさんは話しはじめた。

「当時、このあたり一帯の土地を持っていたのが、峰背という一家だった。明治に入るまで、峰背家は一介の牛飼いにすぎなかったんだが、あるとき、酪農事業が大当たりして一気に大金持ちになったんだ。そのお金を元手に、都会の企業や工場を次々と買収したりもして、一時はたいへんな勢いだったそうだよ」

「はあ」

「金持ちの家というのは、何かと悪評を立てられがちだが……やはりというか、当時の峰背家にも、ちょっとした黒いうわさがあった。峰背の事業が成功したのは、くだんの予言のおかげだというんだな」

「え?」


 件って、確か……。


「人の顔がついた、牛のおばけですよね。生まれてすぐに未来を予言して、すぐに死んじゃうっていう……」

「そのとおり! いやあ、さすが、よく勉強しているねえ。感心、感心」


 ごめんなさい、昨日、たまたま読んだ妖怪図鑑にのってただけです。

 わたしが冷や汗をかいているのも知らず、おじいさんは上機嫌で先を続けた。


「あるとき、峰背家の牧場で買っている牛の一頭が件を産んだ。峰背の事業が当たったのは、その予言のとおりに事業を展開したからだ……というのがうわさの中核だ。それと関連して、峰背家の倉の奥にはミイラになった件の死体がしまわれているとか、もう一度予言をさせるためにわざと件を作ろうとしているとか、いろんな話が、まことしやかにささやかれていた」

「作る? 作れるものなんですか?」

「はてさて。なんでも件を産ませるため、日本全国から『件を産んだことがある』血筋の牛を買いあつめて、たがいに交配させていたというんだが……まあ、単なるうわさのいきを出るようなものではないと思うね」

 おじいさんの目元に笑いじわが寄る。

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