第三階層・うしむし(1)

 ベッドの上には、わたしのランドセルが置きっぱなしになっていた。

 その横には、ホルスタイン柄をした牛のぬいぐるみがちょこんと座っている。たぶん、低学年の子たちのために置かれているものだろう。


 ベッドからそろりとおりて、ぬいでそろえてあった上ばきをはく。そのとき、ベッドの下に丸い缶が置いてあるのに気がついた。

 引っぱりだしてみると、夏のために買い置きされていた、蚊とり線香の容器だった。


 わたしはちょっと考えてから、ぬいぐるみと、蚊とり線香容器の中に入れてあったライターを取ると、ランドセルの中にしまった。

 モネちゃんのトランクから出てきたがらくたみたいに、こういうものもなにかの役に立つんじゃないかと思ったんだ。


 コンクリートの部屋には、ちょうつがいのサビた木のドアがひとつだけあった。


 そっとドアを開けて外に出ると、部屋と同じようなコンクリートの廊下が続いている。

 床にはちらほら、枯れた草みたいなものが散らばっていて、すみっこには砂がたまっていた。

 天井を見あげると、銀色の箱を長くつなげたような、空気ダクトが走っている。そして、

「……くさっ」

 ウサギ小屋か、動物園みたいなにおいがした。


 なんなんだろう、ここ。

 とても学校の一部とは思えないけど……。


 わたしは不安を感じながら、廊下を歩きはじめた。

 階段は見あたらない。

 前日のゴール時にはちゃんと階段までたどりついているのに、翌日はそことぜんぜん違う場所からスタートしてしまうのが、なんというか、意地の悪い感じがする。


 祈るような気持ちで進み、何度か角をまがったところで、探していた白ワンピースの背中を見つける。

 わたしは、ほっと胸をなでおろした。


「モネちゃん」


 名前を呼ぶと、モネちゃんがはっと振りむいた。

「……ああ、柚子さん。今日も無事に合流できたわね。よかった」

「うん」


 モネちゃんがいたのは、やや広めの部屋だった。

 まんなかにコンクリートの通路が一本通っていて、その両側に、自転車置き場みたいな波板の屋根のついたスペースがある。通路とスペースのあいだには、木のさくがはりめぐらされていた。

 モネちゃんは通路に立って、そのさくの先を見ていたようだった。


「なに見てたの?」

 モネちゃんの肩ごしにそちらをのぞいて、わたしはギョッとした。


 さくのすぐ近くには排水溝みたいなみぞが掘ってあって、奥には黄色い干し草が山積みにされていおる。

 その、みぞと干し草との間に……牛が倒れていた。

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